悲惨な日常生活、病気関連トピック   “永久保存版”となっているのが特に重要 (平成25年6月1日、31年12月29日)
  日常生活では辛い事が次々に起こる、神に見放された悲惨な数々の出来事、これは主に難病掲示板に書き込んだ内容
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必死の自己治療 (平成21年10月20日)

 病気の勢いを示す「自己抗体価=dsg1」は横ばいであるが、症状は緩やかに増えている。一方、ステロイド副作用は日増しに悪化中。現在の「プレドニン20mg+ネオーラル100mg」で服用限度なので、この量で病状を抑えられないと未来は無い。病状が安定しないとステロイド減量出来ないし、このままだと副作用が日増しに酷くなるので耐えられない時期がやって来る。既に、他人では限度を越えているかも。で、現在の苦境を脱するために必死にもがいている

 @.薬を服用する水に念を込める。「この水は難病・万病を癒す奇蹟の水、気功水・波動水に変わる」と気を入れる。薬服用時には「作用は2倍、副作用は半分」と念じる。
 A.今年2月まで毎朝実施したが腰を圧迫骨折して中断していた「西野流呼吸法」をビデオを見て思い出し復活ラジオ体操とストレッチ運動と筋トレも復活。でも、痛みを伴うのでどれもこれもぎこちない動きで効果は薄いが。
 B.時間の許す限り、「自律訓練法」や「瞑想」を試みる。「気功ヒーリング」や「自己ヒーリング」も。だが時間が許さないし「首が前に倒れて激痛」で精神統一が出来ずうまくいかない。
 C.日常生活では、体が思うように動かず不調が多く“イライラ”する事が多いが、出来るだけ精神ストレスを作らず、常に心をリラックス状態に維持し、「プラス思考」で良い想念を保ち、脳波を「アルファー波」や「シーター波」にするように努力している。時には脳波発生装置の唸り音を聴く。

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日常生活での生きる楽しみ (平成21年10月23日)

 日常生活は毎日7時台に起床すると、排尿後に体重測定し骨粗鬆症の薬服用で始まる。そして毎食後100分で合計5時間のウォーキング、3時間の各種治療、2時間の食事準備と食事等で、日中はタイム・スケジュールで進む。自由時間は夕食後ウォーキングが終わる22時から2時間しかない。この時間も雑用で終わってしまう。想像を絶する副作用の多さと酷さで「只生きているだけ」の「生きているのも辛い」闘病生活

 こんな辛く厳しい日常生活で生きる楽しみを見つけなければ生きていけない。現在のそれは
 1.夕食時に月数回限定でアルコールを飲む事。昨夜は「鰹の炙り」を肴に発泡酒500mlを飲んだ。これが現状の最大の贅沢だ。今度は何時の日か。
 2.朝食前と夕食前に漢方薬を服用する事。
 3.朝食後にレギュラー・コーヒーを飲む事。オリゴ糖を2−3滴入れ、低脂肪牛乳を加える。たまにはお菓子も一緒に食べる。
 4.テレビは殆ど見ないが日曜夜のNHK大河ドラマ「天地人」を見る事。
 5.毎食後ウォーキング中にラジオでクラシック音楽を聴く事。
 6.ベランダ菜園の水撒き。「大きくなーれ」と声を掛けて。
今はこれぐらいかな。


玄関先での室内ウォーキング (平成22年1月19日、24年9月25日)

 今は玄関近くの廊下の片側にダンボールを高く積み上げ、顔の高さにノートパソコンを置いて、それを眺めながらの足踏みや屈伸運動等の室内ウォーキング中心
 平成21年9月以前のウォーキングスポットは荒川河川敷だった。雨の日も雪の日も濡れながら或いは傘を差しながら歩いた。でもそれ以降は足の浮腫みと首の前傾による激痛等で専ら玄関先での足踏みウォーキングになった。足の浮腫みと筋力低下が著しく、首の前傾も悪化し、通院時以外はもう外は歩けなくなった。
 ウォーキング時間はこの半年でどんどん増えて毎食後は150分、1日合計では7時間半に。半年前は合計3時間だったので2倍半だ。でも玄関先で何かにつかまりながらなので、転倒や交通事故の心配が無いし寒さ対策も不要なので外を歩くよりは安心・安全だ。前は新品の靴も1ヶ月未満で穴が開いた。

 家の中では入浴時とインシュリン皮下注射時以外は常時「首カラー」を首に装着して首の前傾を防いでいる。胸の鎖骨と顎の間につっかい棒を入れて首の前傾を防いでいる。

 玄関先で足踏みウォーキングしながら、ラジオを聴いたり、カセットテープを聴いたり、携帯音楽プレーヤでクラッシック音楽を聴いたりしているが、現在一番のお気に入りは「ベリンダ・カーライル」のアルバム「A Place of Earth」。イヤフォンでかなりの音量で聴いているので、電話が鳴っても気づかない。

 何で玄関先なのかというと、以前部屋を変えて数日連続で足踏みウォーキングしていたら階下の住民から管理人経由でクレームが来た。その後「足踏みステッパー」でもクレームが来た。足を踏み込んだ時に“カチッ”と音が鳴るので、これが一定のリズムで“カチッカチッ”と連続音になって響く。相当ヒステリックになっていたみたいで“怒鳴り込む勢い”と管理人の話。
 再び荒川河川敷を歩ける日はやってくるだろうか?プレドニンが15mgに減量になれば歩けるかも。そして前みたいに「スロー・ジョギング」したい。

 平成24年9月のウォーキングはやはりダンボールに寄りかかって実施。プレドニンは7.5mgに減ったが。時間も増えた。首と腰の具合が悪いので毎日の10時間ウォーキングは自力で真っ直ぐ立っていられなく、段ボールに顎を乗っけて体ごと寄りかかってやる。首には前傾防止の「首カラー」着用し、足だけ動かし足踏みや屈伸運動。時間当たりの消費カロリーは低いがしょうがない。
 9月になって急に腰が悪くなった。毎日何度か骨が外れそうになる。生活の質(QOL)はかなり低い。自転車操業で、薬とウォーキングで生命を維持している。

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全身不調の塊で「ただ生きているだけ」 (平成22年2月8日)

 副作用が日増しに悪化して苦しくて毎日涙がこぼれる。大量のステロイド服用で体が蝕ばまれ、1ヶ月前と比べれば悪化は歴然。
 首の激痛、左腕の劇痺れ、手足の痙攣、両足の浮腫み、圧迫骨折、高血圧、高血糖、筋肉萎縮、、どれも想像を絶する状態で、誰も理解できないと思う。
 毎日、首の圧迫による左腕の劇痺れで目覚める。そして起床時から終日左腕が劇痺れのまま。
 首の骨が一部潰れて前傾が段々加速しているので、常に片腕で顎を支えなければならず、苦しい。首の傾きにより激痛になる時が有り、真っ直ぐの正常姿勢だと左腕全体が劇痺れになる。首の手術まで1ヶ月持ちこたえねば。(その後のMRI検査で状況が悪く手術を断念)
 毎日、両手指の痙攣回数が10−30回程度。酷い時は箸を持っても痙攣し食事が中断する。
 寝ているだけで腰が圧迫骨折するし、毎日8時間以上のウォーキングで血糖値を下げ、血圧は血圧降下薬「アダラート」と「テノーミン」を服用しないと230を越える。
 両足の浮腫みも酷い。夜間頻尿による不眠症も健在。
 この数ヶ月で裸眼視力が急激に落ちて日常生活にも不便になっているが、原因不明。ステロイドの影響か糖尿病の影響か。至近距離が見えない。パソコン画面が見えない。新聞記事はなんとか読めるがマニュアル等説明書の文字が小さいのが読めない。
 最近出てきた症状では、就寝中に右脚が時々一過性で麻痺し制御不能となる。激痛で目覚めるが麻痺して動かない。両手でひきずるように回転させ痛みの少ない楽な位置に落ち着かせる。幸いな事にこの症状は就寝中でのみ2回発生。もし日中で路上で出たら立ち往生してしまう。その他、食事が飲み込み難くなってきた。
 湯船に浸かっていると首が前に倒れて顔が3−4回水没する。更に、しゃがんだり低い椅子から自力で立ち上がれない。手で床を押して反動で立ち上がる。

 毎日が「粗衣・粗食」の耐乏生活で、8時間ウォーキングとインシュリン注射と多種・大量の薬を服用し血糖値や血圧値を測って1日が終わる。全身が痛みと痺れの塊で、ただ生きているだけで、生きていても楽しい事は無い。こういうのを「絶望」というんだろうか。

 これ程ステロイド副作用が深刻な人は日本広しと言えど滅多にはいないだろう。もし、いたらお目に掛かりたい。


ステロイド副作用で「糖尿病」を併発して3年半 (平成22年3月28日)

 平成18年夏の入院で「ステロイドパルス1000mg」5日間と「ステロイド40mg投与」25日間で体が壊れ、重篤な副作用が続出し、「糖尿病」も併発した。あれ以来毎食後ウォーキングを欠かさず実施している。
 普通「糖尿病」患者の血糖値は食後2時間で200−400程度、俺も最初はこの程度だったが、今では推定800程度と「糖尿病」でも「重症」の部類。「糖尿病」は副作用は何でもありの恐ろしい病気。前回入院中も“壊疽”で足を切断した人がいた。俺は足の1本位切断しても構わないが。
 ウォーキング時間は半年前からどんどん増えて今では毎食後に3時間平均、1日合計では9時間半と想像を絶する時間。毎日9時間半もウォーキングしている人は他にいるだろうか。
 糖尿病で原則アルコール禁止、甘いお菓子やスイーツ禁止、美味しい料理禁止、で「玄米・菜食・粗食」の味気ない食生活。誰か「糖尿病」だけでも身代わりになってくれないかな。毎日9時間半ウォーキングしてくれないかな。「糖尿病」は3番目に辛い副作用。

 インシュリン皮下注射は通常お腹の周辺に打つ。毎回場所を移動しているが固い「しこり」になって盛り上がっている。静脈は避けているが時々は血管に刺さり出血する。もう打つ場所が無い。内出血して1円玉ほどの大きさで紫色に変色する事もある。

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筋萎縮症(ミオパチー)とリハビリ (平成23年12月29日)

 平成18年夏の入院で重篤な副作用が続出した。「ステロイドパルス」と「ステロイド40mg投与」の治療だった。重篤な副作用の一つが「筋萎縮症=ミオパチー」だ。元々入院すると運動不足になるが、今回はみるみる筋力が落ち椅子から立ち上がれなくなった。最初はベッドの手摺で立ち上がる訓練していたが、その様子を直撃した看護婦さんから担当医に連絡が届き、理学療法士の方に付いていただき、退院まで理学療法室で「エアロバイク=自転車漕ぎ」等でリハビリ実践していた。その後の入院でもリハビリの話が出たが、時間が拘束されるのでマイペースでやるからと拒否し病院構内でのウォーキングとベッド上に寝転がっての自転車漕ぎ中心の自力リハビリになっていた。
 その当時、神経内科の医師も病室にハンマー等「七つ道具」を持参し時々往診。8月29日(火)に教授らしき年配の先生が見えた時は研修医らしき白衣の若者が10人くらい「金魚の糞」になってゾロゾロ付いてきた。後ろ向きにされ、いきなりズボンを下ろされた。パンツも一緒に下がった。「失礼!」と謝られたが。後ろ向きだったから良かった。「手足の筋力は強いが、お尻と脚の筋肉が極度に落ちている」「ステロイドパルスとステロイド大量投与と糖尿病で神経がおかしくなって体が壊れたのだろう」との診断だった。蓄尿検査では筋肉が溶けて尿に流出して体重が減少していた。体重は入院翌日6月30(木)起床時は55.05kgだったのが、9月25日(月)には48.15kgに減少。筋肉萎縮はMRI画像にもはっきり出ていた

 退院以降しゃがんだ姿勢から自力で立ち上がれない状態が続いていたが、今年4月頃から一層、筋力が萎縮・低下してきた。家の中でも外でも体が左右に揺れてフラフラして夢遊病者のように歩く。手足を柱や机や椅子等にぶつける。通院時、電柱にぶつかった事もある。現在、高さが30cm未満の低い椅子だと自力で立ち上がれない
 今は、室内ウォーキング中に膝を30度くらい曲げての屈伸運動を繰り返す。血糖値測定で肱付き椅子に座った時は、肱付き部分に腕を立てて少し曲げての屈伸運動を毎回150回実施。それでも、筋肉萎縮速度が速く筋肉回復は進まない。横ばい=現状維持がやっと。自力では立ち上がれないが、片手で床を押すとその反動で立ち上がれる。

 「筋萎縮症」等発症後の外来で皮膚科担当医に「進行しますか?」と質問。これに対し「進行する人もいるし進行しない人もいる、今のところウォーキングの効果で進行は止まってみえる」との返答。両足の開脚と閉脚の筋力を調べると閉脚力は弱く開脚力は普通程度だった。と、当時は進行は止まっていたが。また「薬が減らば元に戻る」との指摘だったが、一向に改善されない。
 この先どうなるか?各担当医には先の見通しは敢えて聞かない。悪いケースを想定するとその通りになる事がある。良い事も悪い事も「強いイメージは実現する」という。悪いイメージは持たない方がいい。怖れているとこれが現実になってしまう。「成功哲学のマーフィー」もそう言っている。この先は首も筋肉も不安だらけだがなるべく何も考えずニュートラルで。なるようにしかならない。


腰の骨折防止対策 (平成23年12月31日、24年3月12日)

 4年連続で真冬2月頃に腰を圧迫骨折している。普通に寝起きするだけで骨折する。平成21年は入院中の2月16日、平成22年は首のMRI検査時の2月26日、平成23年は自宅で1月30日と。骨粗鬆症で3年前の検査では骨密度が70%前後で危険水域だった。首と腰が潰れているので「廃人」状態で「ガラスの体」になっている。
 従来通りの生活をしているとこの冬もたぶん骨折する。骨折すると1ヶ月は起床時の激痛が続く。原因は「静電気」と「電磁波」だと思う。骨密度が「静電気」で一時的に70%未満に低下するのだと思う。静電気でカルシウムが抜ける。ネットで調べるといろいろ載っているし、自分の体験でも肯ける。
 毎年この時期になるとアクリル100%のセーターやアクリル80%のらくだ色の長袖シャツとももひきを着用していた。衣服を脱ぐ時目を閉じていても静電気の発光現象で目の前が明るくなる。

 そのため静電気を発生させないよう防止策を実施中。
  @洗濯物をゆすぐ時「柔軟剤」を加える→静電気を起こし難くする
  A衣服を脱ぐ時まとめてゆっくり脱ぐ→摩擦で静電気が起こるので回数を減らす
  B化学繊維の衣類は極力着用しない→化学繊維は静電気が凄い
  C頭からすっぽり被る衣類でなく胸の開いたボタン等で止める衣類→脱ぐ時摩擦で静電気が起こる
  D家の中では靴下を極力履かない→床がカーペットなので静電気が起こりやすい、だが「霜焼け」が

 この効果か平成24年2月は腰の骨折は回避できた。だが、左右の胸の肋骨が相次いで骨折らしき激痛に見舞われた。1ヶ所は2−3週間の激痛が続いた。

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福島第一原発放射性物質の悪影響? (平成24年 1月 3日)

 3月12日から15日の間に東京電力・福島第一原子力発電所の原子炉建屋が相次いで爆発して、東京にも高濃度の放射性物質が降り注いで、かなり被爆した。この3月中旬に日にちは定かで無いが2回今までに経験の無い異様な空気を吸った。
 3月15日(火)は朝から「代謝内科」と「循環器内科」の診察日で往路は自宅と最寄駅五反野駅の間15分と最寄駅地下鉄上野駅と病院の間15分の計30分、復路は上野広小路にある銀行口座に入金とアメ横での買い物があったので上野周辺で45分と電車を利用せず北千住駅から自宅まで歩いたので45分、合計2時間放射性物質を吸ってしまった。3月15日と21日に福島と同レベルの高濃度放射性物質が降り注いだ事を知ったのは7月3日(日)のNHKテレビ特別番組「原発危機(2)広がる放射能汚染」だった。
 これによると、3月15日朝9時、福島と同レベルの高濃度放射能雲(プルーム)が時計周りで東京を襲った。これが神奈川と静岡のお茶に出た。福島第一の3号機が前日11時に、2号機と4号機が当日の6時に爆発していた。3月21日にも高濃度放射能雲が襲い、翌22日と23日に葛飾区の金町浄水場で210ベクレルと190ベクレルの放射性ヨウ素を検出し大騒ぎになった。

 この影響は血液と骨と筋肉に現れた。まず、この難病本体の「自己抗体価、dsg1」が3月15日に120だったのが、4月12日は360と3倍に急上昇した。それまで約1年半の間「中症」の100−150で推移していたのに原因不明。その後は数値は4月以降下がり続け360→320→270→260→160と辿り9月は「中症」の140に戻った。ステロイドを減量すると一時的に上昇する事が多いが、1月19日に11→10mgに減量した後も横ばいの範囲だった。それが急に。
 そして、糖尿病のヘモグロビンA1c(HbA1c)は5.5前後の筈が急に下がった。3月には5.7だったのが4月以降は5.0→4.34.2→5.2→5.7→5.8と推移している。この4.3と4.2は有り得ない数値。この検査項目は約1ヶ月半の血糖状態を示す。赤血球に付着している糖分の量を測定すると赤血球の寿命は約3ヶ月だから一定量取り出せば1ヶ月半の平均値となる。4月12日の採血分では大体2月25日から4月12日までの血糖状態を示す。毎日測定している生の血糖値は食前で120程度、食後で160程度でずーっと変わらないので“4.2”なんて有り得ない数値。皮膚科外来ドクターM氏も「こんな数値は有り得ない」と。この数値が5.7→5.0→4.3→4.2ということは3月中旬から「劇的」かつ「一気」に「階段状」に「低血糖」になった。約3ヵ月で正常に戻った。赤血球の寿命は約3ヵ月で一致している。赤血球が激減して測定限界ギリギリになったのか赤血球に糖分が付着しなくなったと思う。赤血球は4月は測定していないが5月は361と異常に少なく7月は387で少し戻った。
 この血液2項目は同じ傾向を示している。ヘモグロビンA1cは約1ヶ月半の平均なので遅れて出る。

  採血日付   自己抗体価dsg1 ヘモグロビンA1c
   3月15日   120   5.7
   4月12日   360   5.0
   5月10日   320   4.3
   6月 7日   270   4.2
   7月 5日   260   5.2
   8月 2日   160   5.7

 3月中旬の福島原発事故の影響では血液の他にも骨と筋肉に症状が強く出た首は4月以降、支えていないと激痛が出るようになった。10分程度の短時間なら大丈夫だが、それ以上だと痛みが出てくる。4月以降自転車に乗っている時は右手で首の支えが必要になった。更に6月頃から起床時に「首と左腕」が激痛になる。痛みが出ると治まるのに10−15分掛かる。7月27日に「整形外科」を臨時に受診し、レントゲン撮影した結果「首の骨が潰れて固まる途中」との診断だった。
 放射性物質の放射線(内部被曝・外部被曝)は、抵抗力の弱っている病人に強く出る。最も弱い部分に影響が出る。これで「廃人」状態が一気に進んだ。「首・背骨」は一旦悪化すると元には戻らない。人体機能が低下し日常生活も次第に困難に。今ではやっと生きているだけ。夢・希望・愉しみも無く惰性で生きていて「孤独死」を待つのみ

 筋力低下も6月頃から酷くなって、特にこの2ヶ月は極端になってきた。「脱力感」がすごい。立っているのも辛くなっているし、毎食後ウォーキング中に時々椅子で休むが、この時に「椅子に崩れ落ちる」ようになる。下記に記述しているが、「重症筋無力症」と症状が合致するのがかなりあるが、10月4日(火)の「代謝内科」の採血時に「天疱瘡」の他に「重症筋無力症」の抗体価も測定したが、結果は「陰性」だった。
 <重症筋無力症に合致する症状>
  @眼の周りの筋肉:まぶたが落ちてくる、ものが二重に見える、目が疲れる
  A口の周りの筋肉:ものが噛みにくい、飲み込みにくい、食べたり飲んだりするとむせる
  B手足の筋肉:持ったものを落す、真っ直ぐ歩けない、階段が昇れない
 全身が「不調の塊・痛みの塊・病気の塊」で「廃人状態」だったが、4月以降は更に悪化している。左右に揺れて真っ直ぐに歩けない。手足をアチコチにぶつける。

 というように、東京地方に高濃度放射性物質が最も降り注いだ3月15日が運悪く通院日で往復で2時間この空気をたっぷり吸い込んでしまった。抵抗力の落ちている病人は周辺環境の影響を強く受ける。安全基準は存在しない。以降「血液・骨・筋肉」等に異常が相次いだ。一度悪くすると「骨・筋肉」は回復しない。脊椎(頚椎−胸椎−腰椎)全体が変形してしまって、今では立っているのも辛い。生きているのが辛い。生きていても愉しみは無く苦しい事だらけ
 福島第一原発から東京までの210kmは遠いようで近い。自宅から富士山が見えるがこの距離は100kmなのでこの2倍の距離に過ぎない。空中に舞い上がったらひとっ飛び。上空1000mに舞い上がったら途中で遮るものは無い。中間に筑波山が位置するが900mに満たない。風向き次第で原発周辺と同程度の高濃度放射性物質が到達し降り注ぐ。東京周辺にも柏を初めホットスポットは多い。

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悲惨!入浴中にウトウトすると首が水没い(永久保存版) (平成24年1月20日)

 骨が潰れていて約45度に前傾しており首の力を抜くとこの位置に落ち着く。だから、浴槽に浸ると顔が数回水没してしまう。両手で顎と額を支えてお湯に浸るがウトウトすると腕が外れて首が45度に前傾して顔が水没してしまう。口部分が丸々水没する。口を閉じているので水を飲む事は無いが、お風呂のお湯は雑菌で一杯なので早目に口周辺を洗い口をゆすぐ。
 浴槽から出るのも筋肉が低下しているので困難を伴う。しゃがんだ姿勢からもお風呂の椅子からも自力で立ち上がれない。


ステロイド止めますか人間止めますか (平成24年6月14日)

 一昔前、「覚醒剤(麻薬)止めますか?、それとも人間止めますか?」というキャチフレーズで「麻薬追放」キャンペーンがあった。麻薬で体がボロボロになって「廃人」になっていく。俺は大量ステロイドで体がボロボロになった。「ステロイド性廃人=生きる屍」で人間止めてしまった難病で苦しんだ挙句「廃人」になってしまった。「泣きっ面に蜂」「弱り目に祟り目」「傷口に塩を塗る」なんてもんじゃない。
 今は「不調の塊」「病気の塊」「痛みの塊」で、やっと生きている状態で「生かさず殺さず」。ステロイドは麻薬並みに怖い。でも代わりになる薬が無い。この病気はステロイドを使う前は死亡率がかなり高かった。こんな深刻な状況になるのなら、こんな悲惨な結末を迎えるのなら、ステロイドを使わずに死んだ方が良かったかも。日中も就寝中も辛い事だらけで生きていても愉しい事は無い
 既に60,000mg(12,000錠)もの大量ステロイド服用で全身ボロボロで特に骨格そのものが損傷しているので歩行も辛い。首が潰れているので片手で首の前傾を支えなければならない。腰も潰れているし、背骨全体が変形していて無理な姿勢だと骨が外れそうになる。背骨の変形が加速するので重い荷物は持てない。変形速度は荷重x時間に比例。身長がこの5年間で173→169cmと4cm縮んだ
 床に横になっても頭が床に付かない。この時、背骨が“ボキボキ”と音を立てて骨が伸びていく。この姿勢では首が損傷する。首の中を通る神経の束を覆っている保護膜が損傷し一部剥き出しになっており、潰れて移動した骨がこの神経に接触すると腕に「激痛」や「劇痺れ」が出る
 筋肉も萎縮・低下し、しゃがんだ姿勢から自力で立ち上がれない。高さ30cm未満の低い椅子からも立ち上がれない。しゃがんだ姿勢から立ち上がる場合は手で床を押し反動で立ち上がる。調子の良い時は片膝立てて、体重を前に移動し、この膝を同様に押し立ち上がる。血糖値上昇抑制とリハビリを兼ねて室内で段ボールに掴まり毎日10時間ウォーキングしたりスクワット10回連続しても回復しない。現状維持がやっと。筋肉の萎縮速度と回復速度がほぼ拮抗。
 内臓も「五臓六腑」がおかしい。心臓・腎臓・肝臓・膵臓・胃・大腸等。糖尿病や高血圧や浮腫みも酷い。


既にステロイド累計60,500mg突破 (平成24年8月8日)

 平成24年6月で遂にステロイド累計60,000mg(5mg錠剤で12,000錠)を突破した。「重篤な副作用の塊」の危険ゾーン突入。8月には60,500mgに到達。ステロイド服用累計60,000mgを越えている人を探しているが50,000mgを超えると合併症が深刻になってくるのでやはり生存している人は少ないようだ。50,000mgの人が一人見付かったが、副作用が酷く知人も合併症で亡くなったという。俺も爆弾を多数抱えていて何時爆発するか。何処かに80,000mgを越えて尚元気で生活していて現在も10mg程度服用しているって人はいないかな。いてくれれば励みになるし参考になるが。ひょっとして前人未到の先頭を歩いているのかも知れない。未開の荒野を進み、道無き道を行き、人跡未踏の洞窟を探検するという、昔の「ゆけ!ゆけ!川口浩」の世界かも。歌詞が頭に浮かぶ。口から出てくる。「ゆけ!ゆけ!かわぐちひろし..」と。俺みたいにきちんと累計して現状を把握している人は少ない。

 ステロイド服用累計50,000mgを越えていても5mgで長年維持している人はそれほど問題とならない。体にどれだけ蓄積されているかが問題。5mgではそれほど蓄積されない。ステロイドは副腎皮質ホルモン。健康な人で毎朝5mg副腎の皮質で分泌している重要なホルモン(皮質と髄質がある)。副腎の機能が衰えてこのホルモンを製造できなくなっているので5mgで維持している人は薬というよりステロイドホルモンとして外部から供給している意味合いが強い。なので1年間で約1,800mgになるがこれは問題にならないと思う。俺も5mgの維持量になりたい

 平成24年10月で遂にステロイド累計61,000mg(5mg錠剤で12,200錠)を突破した。
 平成25年2月で遂にステロイド累計62,000mg(5mg錠剤で12,400錠)を突破した。

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「両足の浮腫み」と「夜間頻尿」は表裏一体 (平成24年7月6日、8月8日)

 「両足の浮腫み」と「夜間頻尿」は、3月下旬に免疫抑制剤「ネオーラル」を100→125に増量してから一層悪化した。一般的には「夜間頻尿」の原因は男性の場合、年齢的に「前立腺肥大症」によると片付けられてしまう。医師も薬剤師も中々副作用とは認めてくれない。
 俺の経験では、確実にステロイドの副作用と言えるのに。12年前発病して最初の入院では、夜間に2時間間隔でトイレ起床していた。1回の量もたっぷりで計量カップに溢れるぐらい500ml出ていた。このために就寝前と起床後では体重が約1.5kg減少していた。尿が多くなる病気を疑われ10日間蓄尿検査を実施した。量が多く蓄尿袋が1袋で足りなかった。2回目の入院でも「夜間頻尿」が発生したがステロイド減量と共に起床間隔が改善していた。
 更に、1年前に腰を骨折して起き上がる時に激痛になるので、安楽椅子(リクライニング・チェアー)で眠る時があって、その時は不思議と「夜間頻尿」が起こらなかった。それで、何で就寝に付くと突然腎臓の働きが活発になるのかずーっと疑問に思っていた。ネットで調べたら、ステロイド服用者で「夜間頻尿」に悩んでいる人が多くいた。

 それで過去の体験から推測してみた
  @毛細血管から漏れた血液が、日中は甲やふくらはぎに浮腫みとなって貯蔵され
  A就寝中に足を高くして眠ると、これが静脈から心臓に還流され腎臓で処理し尿となる
 ネットで検索したら、たけしのテレビ番組「みんなの家庭の医学」平成24年1月17日放送分、「夜の頻尿の新事実:足が原因の頻尿があった!」"http://kenko.asahi.co.jp/broadcast_dtl.php?broadcastId=75"でこれを取り上げていてこの説を裏付けてくれた。この番組では日本大学医学部、泌尿器科学系主任教授、高橋悟先生が解説していた。長年「夜間頻尿」で悩んでいる人に「足に溜まった水分が夜間頻尿の原因だと思います」と。
 早速、足を水平にして寝たら「夜間頻尿」間隔が2時間半から3時間に伸びた。更に足を一段下げたら4時間に伸びた。でもこれだけだと脚から心臓に還流する量がまだ多く解決にならない。

 この「両足の浮腫み」と「夜間頻尿」は表裏一体で、あちらを立てればこちらが立たない。横になると浮腫みが静脈から心臓に還流され腎臓で処理し尿となる。足を足を高くして眠るとそれを加速する。足を水平にして眠ると夜間頻尿は多少改善するが、一晩中両足浮腫みが引かずずっーと痛む。


各種浮腫みの原因 (平成24年8月8日、9月18日)

 両足の浮腫みの要因は「腎臓」「肝臓」「心臓」の3つの臓器が影響する。俺の場合3つ共異常を抱えている。循環器内科で1年ぐらい前各々機能値を採血して調べたが何れも異常値の9割ぐらいで決定的な要因が無く各々が絡みあっている。
 腎臓機能値血清クレアチニンCreもその一つで、これが高いと腎不全に陥っている可能性がある。男性の場合の正常値は0.7から1.1の範囲。クレアチニンは筋肉を使った時の代謝産物。腎臓が正常であれば殆ど尿として出ていくべき物質。これが高い数値で検出されるという事は腎臓機能不全を示す。加齢に伴って筋肉量が減るので腎臓機能が改善しなくても数値は低下傾向になる。俺の場合「筋萎縮(ミオパチー)」で筋肉量が同年代より少ないので一層低下するのが普通。なのに、この数値は半年以上上昇を続けており、最新の数値は1.10だった。発病当初は0.7で、5−6年前も0.7台だった。これが1.2から異常値となるので、現在経過観察中。
 尿酸窒素Bunは正常値は8から21の範囲。20台後半でずーっと異常値が続いている。これは単独で見ても意味は薄くクレアチニンとの比で意味を持つが、通常10が24程度と異常。
 尿酸UAは正常値は3.0から7.2の範囲。7.0前後の上限値近辺が続く。
 腎臓の糸球体は皮質に位置し腎動脈からの血液を濾過し原尿を生成する。このうちミネラルや蛋白質等有効成分は尿細管で再吸収される。代謝産物や老廃物は尿となる。尿量は1.5リットル程度。腎臓機能が低下すると尿量が少なくなって代謝産物や老廃物が全身に回る
 推算糸球体濾過量(eGFR)は血清クレアチニンCreと年齢から算出するが平成23年11月1日の74.7から悪化を続けて、最新の数値は52.4と慢性腎臓病のステージ3段階を示す。これが30未満からステージ4となり重症となる。

 最近(平成24年1−9月)の肝臓・腎臓機能などの数値
                     - 1-   - 2-   - 3-   - 4-   - 5-   - 6-   - 7-   - 8-   - 9-
  AST(GOT):21→    ?→  19→   18→   33→   25→   23→   23→   44
  ALT(GPT):10→    ?→   9→   14→   30→   17→   21→   14→   33
  γ−GTP :  18→    ?→  15→   17→   38→   28→   44→   31→   52
  ALP   :  111→    ?→  149→  158→  134→  118→  113→  102→  104
  HDL−C : 52.2→    ?→ 47.3→ 51.4→ 64.8→ 62.4→ 58.7→ 53.8→ 57.8
  LDL−C :  96→    ?→  100→  108→  146→  133→  164→  146→  151
  中性脂肪TG:  111→    ?→  108→  157→  198→  143→  148→  156→  203
  Bun   : 23.2→    ?→ 29.6→ 27.6→ 25.5→ 24.3→ 19.7→ 25.5→ 30.4
  Cre   : 0.93→    ?→ 0.97→ 1.00→ 1.02→ 1.03→ 1.02→ 1.10→ 1.12
  K     :  4.1→    ?→  4.2→  4.1→  3.9→  4.1→  4.4→  4.1→  4.0
  UA    :   5.0→  ?→  7.1→  7.0→  7.0→  6.9→  6.4→  6.8→  7.7
  eGFR  :  64.2→  ?→ 61.3→ 59.3→ 58.1→ 57.4→ 58.0→ 53.4→ 52.4

左目下まぶた 7月1日
−左目下まぶた 7月1日−
両足浮腫み 7月4日
−両足浮腫み 7月4日−
 
 肝臓に関わる要因としてアルブミン濃度Albがある。これが低下すると浸透圧が下がり、血管から漏れて静脈に戻らない。正常値は3.9から4.9の範囲。最近は測定してないが最新の数値は昨年7月6日で3.7と異常値だった。
 心臓に関わる要因はいろいろある。血圧が高いと血管から漏れる量が多くなる。動脈硬化が進むと同様に漏れる。血液の循環が悪いと浮腫む。その他、血漿成分の「凝固系因子」が低いと固まり難いので内出血しやすい。俺の場合、知らぬうちに体のあちこちが紫に変色する。眼球やまぶた周辺も時々内出血する。足のかかと周辺が今も帯状に紫色になっている。右足甲外側が潰れて堅くなっている。血行不良で冬になると「霜焼け」が酷い。「下肢静脈瘤」になっているかも知れない。

 他要因には、水分の過剰摂取、塩分の過剰摂取やカリウム不足もある。ナトリウム過剰摂取やカリウム不足で細胞(間質液)に水分が多く吸収される。お酒の飲みすぎも脱水症状で水分調整される。

 ふくらはぎの筋肉は「第二の心臓」と呼ばれ、脚の静脈を重力に逆らって心臓に戻すポンプの役割があるが「筋萎縮症(ミオパチー)」で筋肉が衰えているので戻せず滞留する。更に糖尿病が悪いので1日中10時間ウォーキングしているので時間と共に浮腫みが悪化していく。浮腫む要因は多い。

 両下肢の浮腫みはもう3年続いているが、この下肢の浮腫みとほぼ同じ頃から両目下まぶたも浮腫んでおり、常に腫れぼったい。

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通院は次第に辛くなる (平成24年9月5日)

 現在は毎月2度の通院。月前半に「内科」受診で、その時通常採血に併せて「自己抗体価、dsg1」の採血し、月後半(その2週間後)に「皮膚科」受診でこの数値を見て治療を決める。でも、毎月2度の通院は辛い首が潰れて骨格が損傷して筋肉が萎縮しているので。昨日の通院は寝不足で目も心臓も悪くて最悪だった。

 病院の東北側に位置する門に入って構内直ぐに50ー60mぐらいの「心臓破りの丘」がある。最寄駅からの徒歩できつかったが、これで更に心臓がバクバクしてパンク寸前に。病院建物にようやく命からがら辿り着いて立っていられず直ぐソファーで5−6分休んだ。心臓が長距離走の後の「早鐘」のように“ドッ・ドッ・ドッ”と140/分ぐらいに打っていた。この休憩で少し落ち着いてきたので受付を済ませ採血し診察を受けた。

 「循環器内科」では毎回水銀計で血圧を測る。今回は血圧がかなり低く、100−54だった。不整脈も出ていると。何時もは「白衣高血圧」で上は150前後と高いのだが。2度計っても同様だった。ここで通院時途中からの心臓不調の実情を話した。寝不足の場合は不整脈が多発し心臓の不調が加速する。

 往復共、寝不足で目も痛く片目でフラフラヨタヨタヨチヨチ歩く。重いものは持てないので片手でショッピング・カートを引きながら。筋肉も無いので脚も上がらず転倒を怖れながら。転倒すると筋肉不足で上体を支えられず頭を強打する。脚、胸、頭の3箇所を同時骨折する。過去に何度か同時骨折している。首と背骨が痛く片時も放さず片手で首の前傾を支える。その場で立っているだけなら少しは首をフリーに出来るが歩いている場合は常に支えないと激痛で。登り坂は特に酷い。首の前傾が酷く足元しか見えない。すれ違う人の顔は見えない。首を動かすと擦れて妙な音がするので不用意に動かせない。首が潰れているので首を反らすと骨が移動して神経を覆っている保護膜を損傷する。今回の通院は目・首・背骨・筋肉・心臓が重なって過去に無く辛い通院だった。

 帰宅してから首と背骨の痛みで14時半から17時まで2時間半も安楽椅子で休んだ。うちわをパタパタするだけで他は何もせず。筋肉は回復せず、首と背骨は日増しに悪化していくので、今後も毎回辛い通院になる。
 通院時の往復時は心臓や首や背骨が不調になっても休む場所が無い。背もたれのある椅子でないと休めない。立ち止まっても休めない。歩を進めるしかない。家にいると桁違いに楽だ。体調が悪くなったら何時でも安楽椅子で休める。

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首が潰れていなければ、こんな悲惨な状況には (平成24年9月12日)

 ステロイドが60,000mgを越え、全身不調の塊だけど、首が潰れているのが最も辛い。日常生活の全てに支障が出る。これが最大の「廃人」要因
 首が常に前傾しているし、各種家事労働はこれを加速する。時々は潰れた骨が不安定になって移動する。首を真っ直ぐに伸ばしたり反らすと骨が中心に移動し首の中を通っている神経に接触する。神経を覆っている保護膜の一部(頚椎#5−6周辺)は破損して剥き出しになっている。
 そうすると、腕が激痛になったり劇痺れになったり、意識が遠ざかったり、二日酔いや乗り物酔いに似た悪心になる。食欲不振になる。これが一瞬でなく10−60分のかなり長時間持続する。
 昨年は5ー7月の3ヶ月毎日起床時の10−15分首に激痛が続き、その間何も出来ず、起き上がったら首を少し前傾した姿勢で両手顎を支え固定させて只管痛みが静まるのを待った
 その他、歩行時は常に首を支えていなければ前傾が酷くなり激痛になるし、首を上下・左右に動かすと妙な擦れる音がするので、首がもげそうで不用意に動かせない。首は日常生活を左右する文字通り「ネックポイント」だ。

 この首の辛さから比べたら、他は桁違いに楽だ。毎日の10時間ウォーキングなんて全然苦にならない。


目がグルグル回るのとお風呂で眩暈で倒れたのと (平成24年12月11日)

 平成24年12月10日(月)は起床前から少し起き上がった時点でおかしくて布団を被って寝ていた。10時頃に無理してトイレ起床したが、立っていると目が回り、首を動かすと気持ちが悪く、夕方まで何も食べずにずーっと横になっていた。その間に下痢が2回。夕方にご飯をお茶碗3割ほど食べてまたずーっと横になっていた。苦しくて涙が出た。「大規模修繕工事」で、近くに作業員がいるので声を上げて泣く事が出来ず。夜になってご飯を炊いたが、圧力鍋で玄米を炊いているので冷蔵庫に寄りかかってやっと立って待っていた。炊き上がっても食べずにまた横になった。夜遅くなってようやくまともに食べた。食事量は普段の半分だが、ウォーキングが出来ないので血糖値は200を軽く越える。
 翌日11日は朝から「代謝内科」診察だったが、本調子でなく帰宅してからも夕方まで1時間以上横になっていた。
 夜入浴したが、湯船から出て立ち上がると眩暈(立ちくらみ)がして浴室の床に倒れた。数分で「我に返り」濡れているのにも拘らず下着だけ着て布団にもぐりこんだ。こんな事ははじめて。約1時間後に落ち着いてきたので布団から起き上がり寝間着を着て正式に休んだ。3日前の土曜日にも湯船から出て立ち上がると眩暈がした。危険なので当分シャワーだけにする。

 それ以降、起床時間が遅く日中も布団を被って寝ている時間が多くなった。2年半前の「整形外科」診察で首が悪くなると日常生活が出来ないと言われているが、「こういうことか」と思い知らされる。首の神経が一部むき出しになっているので首を不用意に動かすと潰れた骨が神経に当たりいろんな不快な症状が出る。神経のむき出しが加速する。過去の経験から「頭がグルグル回る」のは首が影響していると思う。


悲惨!目がグルグル回って起きていられない(永久保存版) (平成25年2月18日)

 首を酷使すると、翌朝起床時から目がグルグル回って、起きていられない、立っていられない、食欲も無く気持ちも悪い状態が1日続く。不調の固まりで生きているのが辛いが、これが最も辛く、毎回布団の中で嗚咽してしまう
 何も食べないと血糖値が下がって危険なのでバナナ1本だけ食べて夜まで寝ている。夜になってご飯をお茶碗半分程度食べる。布団の中で体を揺すったり足を動かしたりするが、血糖値は軽く200を越えてしまう。一方体重は1.5kg程度減少する。
 翌日になると、目がグルグル回るのは治まるが、気持ち悪さは残る。

 この現象が平成24年12月10日(月)、翌年1月8日(火)、2月17日(日)と3回起こった。お風呂の浴槽を洗う等の前傾姿勢が多いとこうなる。首がダラーンと垂れ下がり制御不能になり、元に戻す時に首がかなり損傷する。これが頻繁に起こるようだと生きていられない

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もうラジオ体操が出来ない体 (平成25年2月18日)

 4年前頃までは毎日起床後、ラジオ体操とストレッチ体操など一連の運動をやっていたが、首と腰が損傷しているので、今はもう出来ない。「前屈」や「反る」のは厳禁。床に落下した物を拾うのも止めた方がいい。どうしてもという場合は片手で顎を支え残りの手で拾う。野菜の皮を剥く時は野菜を顔の高さに持ち上げる。
 首を前傾したり後ろに反らしたり左右に動かすと首の損傷が加速して、「目が1日ぐるぐる回る」「意識が遠ざかる」「悪心=気持ち悪い」「食欲不振」等の不快な症状が出て、起きているのさえ困難になる。通常の“ガラガラ”「うがい」はもう出来ない。目薬を点眼する時は首は反らさず上半身全体を思いっきり後ろに傾ける。
 普通に外を歩くのさえ困難。外を歩く時は普通は杖を頼りにフラフラ歩く。家の中では壁を伝わって歩く。

 無いものねだりばかりだが、ラジオ体操の出来る人が羨ましい。骨格の損傷していない人が羨ましい。毎食後ウォーキングが100分で済む人が羨ましい。


体が左右に傾いている (平成25年3月2日、6月2日)

 以前「整形外科」診察で、“歩いている時のバランスが悪い”と指摘された。当時は気づかなかったが、この4−5年運動靴の減り方がおかしい。どの靴も“右足が斜め”に傾く。右足内側が極端に磨り減る。左足は普通の減り方で、左足は大丈夫でも右足が駄目になる。発病前はこんな事は無かった。
 外を歩く時は「杖」を頼りに歩くが、同じ杖でも左手で使う場合はちょうど良くても右手の場合短い。左右で手・足の長さが違うみたい。
靴1、平成19年12月2日
−靴1、H19年12月2日−
靴2、平成25年2月22日
−靴2、H25年2月22日−
靴3、平成25年2月22日
−靴3、H25年2月22日−

 自分では気づかなかったが、何時頃からか上体の画像では常に左に傾いている。極たまに真っ直ぐ立っているのも散見されるが、殆どの画像は傾いている。
 背中を斜めに写真を撮ると大きく「S字」変形し、胸の写真では左右に少し傾いている。首も潰れていて、左右に少し傾いて、前後に大きく(斜めに)傾いている。
上体1、H23年 9月 7日
−上体1、H23年 9月 7日−
上体2、H25年 3月28日
−上体2、H25年 3月28日−
上体3、H25年 4月24日
−上体3、H25年 4月24日−
上体4、H25年 5月24日
−上体4、H25年 5月24日−

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俺の日常生活は驚く事が多い (平成25年3月9日)

 この自己免疫疾患の難病を発病して12年半でステロイド服用累積が前人未到の62,000mgに達し、副作用や合併症がどんどん増えて日常生活に制限が増えている。首と腰がつぶれ生存環境が年々悪化している。悪化速度を遅くするのが喫緊の課題。それらの結果、とんでもない事に。
豆腐パック、H25年3月13日
−豆腐パック、H25年3月13日−
 
 首カラーと腰ベルトは常時装着だし、洗濯機では軟膏の付着した下着の汚れは落ちないので洗濯は手洗いだし、野菜の皮を剥く時は顔の高さに持ち上げるし、お風呂の浴槽を洗うのは月に1度ぐらいだし、食前の血糖値が高いので食事は立って足踏みしながらだし、会計仕訳等の事務作業も立って足踏みしながらだし、椅子に座る事は滅多に無く1日中立ちっぱなしだし。

 ドリップ式コーヒーフィルターは2組を何年も繰り返し使用だし、半円型の豆腐容器を大量にためてお皿の代わりに使っているし、同じ割り箸を何年も使っているし。この「割り箸」は蕎麦屋など飲食店で用意しているようなのではなく、中野の「うなぎ店」の高級もの。素材は竹製みたいで、くっついていた約15mm部分は四角だが、それ以外は丸くなっている。色を塗れば高級箸の風格。

 衣類購入金額が発病して12年半の累計で僅か5,000円ぐらい。最初の1−2年の入院時にパジャマや下着等を買ったのが大部分。最近10年では1,000円ぐらい。ここ6年は出費が0円。下着は手洗いなので痛みが少なく長持ちする。ランニングシャツは5−6年、パンツはもっと長持ちする。ゴムは入れ替えるけど。まだ各種の下着が手付かずで残っている。外出する機会が少ないので「着たきりすずめ」でいい。タンスの肥やしになっている衣類は一杯あるが、入れ替えが面倒なので、出したままで毎年同じのを着ている。例えば夏は半袖上着シャツ3枚で過ごす。
 上着や下着や靴下や手袋や防寒具等やタオルもいっぱいあるので、今後も当分買わずに済む。ひょっとしたら生涯買わずに済むかも。流行やファッションなんて関係無し。お洒落も関係無し。実用でさえあればいい。

 その他、牛乳パックをリサイクルしているので、つぶしたのが何年分も保存してある。アルカリ乾電池も充電して繰り返し再利用しているので拾ってきたのが150個ぐらい残っている。4年前までは毎食後外をウォーキングしていて、単3乾電池使用のウォークマン・ラジオがお供だった。
 冬の4ヶ月間ペットボトルの湯たんぽを2−3個使用し、玄関には冷気侵入防止でビニールシートやダンボールシートやダンボール箱で「バリケード」を設置しているし、活性水の生成作業や睡眠不足や他にもイロイロ。

 首が潰れて前に倒れている。腰が潰れて、腰を曲げると骨が外れそうになる。脊椎(背骨)全体が極度に“S”字変形して立っているだけで変形が進む。重い荷物を持てないし腰が曲げられない。家の中が片付かない。病院や買い物はショッピングカートがお供。
 筋萎縮症=ミオパチで筋肉が萎縮・低下している。低い椅子やしゃがんだ姿勢から自力で立ち上がれないので床を押して反動で立ち上がる。血行が悪く、手・足が紫に変色している。なので日常生活に制限が増えて、驚く事が多い。

 全身病気の塊。ステロイド服用累計が62,000mgに到達し、骨・筋肉・血管・内臓がボロボロ。頭のてっぺんから足の指まで異常の塊。異常が当たり前になっている。副作用が何十種類もあって、病名の付いた合併症が16種類。
 ステロイド性廃人で「生きる屍」だ。正真正銘の「ボンコツ人間」だ。なので日常生活は制限だらけ。家の中を歩くのも足をぶつける。愉しみも無く、ただ生きているだけ

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副作用・合併症の塊で、ステロイド性廃人 (平成25年3月10日)

 西暦2000年夏に、自己免疫疾患の難病「尋常性天疱瘡」を発症し、途中から「落葉状天疱瘡」に変わった。それ以降、再燃を12回繰返しステロイド累計が62,000mgを越え、全身「副作用の塊」と化した。すっかり「ステロイド性廃人」に
 定期受診科目は、@皮膚科、A眼科、B(糖尿病)代謝内科、C循環器内科、D整形(脊椎)外科、E呼吸器内科、と最近は2年に1科増えている。
 合併症は、@筋萎縮症(ミオパチー):低い椅子から立上がれない、A糖尿病:血糖値が推定700で毎食後3時間半ウォーキング、B高脂血症、C動脈硬化症、D高血圧症:血圧220、E狭心症、Fブルガダ症候群:突然死の心電図、G不整脈(心室性期外収縮)、H骨粗鬆症:圧迫骨折が頻発、I頚椎損傷:首が潰れ前傾、J腰椎損傷:腰が潰れ変形、K頚椎症性神経根症:頚椎損傷の影響で腕に激痛・劇痺れ、L白内障&後期白内障、M慢性腎臓病、N通風、Oアスピルギルス肺炎?
 と、満身創痍、病気のデパート、病の器


東日本大震災は復興しているが、一方俺は (平成25年3月11日)

 悪夢の東日本大震災から2年経った。復興は遅れているが、それでも一歩ずつ前進している。不満を口にしても、そこには夢がある、希望がある。一方、俺は「八方塞がり」だ。治療方法が無い。絶望しか無い。病状悪化しているが、今まで使用していた薬が副作用が出て使えなくなっている。
 ステロイドは既に副作用が酷く増量は出来ない。プレドニン7.5mgで維持。唯一頼りになる免疫抑制剤「ネオーラル」は100mgで6年ぐらい使っていたが、腎臓機能が悪化し、人工透析寸前。それに免疫力低下し肺に得体の知れぬ雑菌が繁殖している。CTとX線撮影で左胸に何か映っている。免疫力低下で雑菌でも生命を脅かす存在。免疫力は過去に服用したステロイド累積量の影響が大きい。ステロイド累積量は62,000mgと前例が無い程多い。ネオーラルは75mgに減量したが、この量ではパワー不足。病気の強さに対抗するには厳しい。
 状況は日増しに悪化。既に骨・筋肉・血管・内臓がボロボロで、「生きる屍」なのに、合併症がどんどん増え生存環境は悪化の一途。袋小路だ。難病本体に改善の見込みは無い。光明・希望が無い。絶望の淵を彷徨うだけ。我慢・辛抱・忍耐・苦悩・絶望があるだけ。涙があるだけ。悲惨な生活があるだけ

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難病本体と副作用群は両立せず、共倒れ (平成25年3月17日)

 自己免疫疾患は生体防御機構「免疫」が味方を攻撃する病気で、この攻撃力を弱める治療をする。抗体を作り難くする。外敵が侵入したら撃退できない。これは「両刃の剣」であるが、普通は難病本体の治療を優先し、難病本体の病状を抑えるために「強力な」免疫抑制治療をする。多少の副作用は目をつむる。だがこれだけ長期間・大量に薬を服用し続けてくると、副作用群が増えて次第に深刻になってそれが「命とり」になる。難病本体(原疾患)と副作用群は両立しない
 どっちを優先するかはその時の状況次第の「綱渡り」となる。つまりどっちがやばいか。今は副作用群の方がやばい。合併症が16種類あるがそれらは横ばいか緩やかな悪化が殆ど。ところが腎臓と免疫力低下による肺炎が急に深刻になり、免疫抑制剤を減らした。今は副作用が緊急なので難病本体の悪化はやむを得ない。「一時しのぎ」処置だが難病本体の状況も悪い。
 どつぼに嵌まって、袋小路に入り込んで、逃げ場は無く、抜け出す術は無い。もがけばもがくほど深く沈んでいく。治療方法は無く、「八方塞がり」で光明は見えない。希望の光は見えない。「曲芸的綱渡り」治療が強いられる。


日中も就寝中も「直立不動」の姿勢 (平成25年3月21日)

 糖尿病が悪いので、日中は段ボールや冷蔵庫につかまって約10時間足踏みや屈伸運動の室内ウォーキングが必要。首が潰れており、腰の骨も外れそうになるので、出来るだけ首の前傾や腰の前傾はせず「直立不動」の姿勢。いろんなところで記述しているが、「ラジオ体操」は無理な姿勢が多くもう出来ない。「腕立て臥せ」なんて自殺行為だ。筋肉が萎縮しているので屈伸運動も軽く膝を曲げる程度。深く曲げると、膝が折れてしまう。しゃがみ込んでしまう。しゃがんだら自力で立ち上がれない
 就寝中も枕の中央に頭を乗せ真っ直ぐ上を見て眠る。首の左下が潰れているので左向きは厳禁。枕が外れ首が一直線になると首の骨が移動して神経に触れて左腕が激痛になる。なので身動きせず「直立不動」の姿勢が最も良い。寝返りも打てない。

 ステロイド服用累計が62,000mgに到達し、副作用・合併症の塊。骨・筋肉・血管・内臓がボロボロ。内臓は心臓・腎臓・肝臓・膵臓・肺が悪く、それに下痢が5ヶ月続いているので消化器系も悪い。正常な臓器は少ない。ボンコツ人間、ステロイド性廃人で「生きる屍」だ。

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病気の塊、異常が当たり前 (平成25年5月13日)

 合併症が増えて、定期受診科目は増える一方。(糖尿病)代謝内科、循環器内科、呼吸器内科、消化器内科、皮膚科、眼科、整形外科、と現在7科。
 病気の塊・不調の塊・痛みの塊。全身ボロボロ。ボンコツ人間。生きる屍。生き地獄。と、形容詞には事欠かない。誰も全容を知らない。やっと生きている状態。異常が当たり前になっている。ここ数年は合併症が増えて悪化の一途首と腰も日増しに悪化。現状は苦悩の塊で、改善の見込みが無いので生きているのが辛い
 普通は「どん底」まで落ちれば、後は「浮上」するだけだが、俺の場合は体が崩壊して「歯止めが効かず」「底なし沼」で「底割れ」中。「地獄で仏」に出会えればいいが。


骨・筋肉・血管・内臓・皮膚はボロボロ (平成25年5月20日)

 骨は首が潰れて前傾しており、腰は潰れて変形しており、診察名「脊椎・腰椎側弯」として「整形(脊椎)外科」を受診している。筋肉は「筋萎縮症=ミオパチー」で低い椅子から立ち上がれない。診察は受けていない。
 内臓は、心臓・腎臓・肝臓・膵臓・肺・胃・大腸に問題を抱える。機能別・臓器別分類の内科は全て定期受診している。正常な臓器は少ない。
 現在、内科定期受診科目は、「(糖尿病)代謝内科」、「循環器内科」、「呼吸器内科」、「消化器内科」、「腎臓・内分泌内科」の5科

 残っている内科は、「神経内科」、「血液内科」、「感染症内科」、「心療内科」ぐらい。これらも紙一重で診察を受けていても不思議は無い。筋萎縮症=ミオパチーで低い椅子から立ち上がれないし、物を掴み損ね落下させる事が多いし、家の内外をフラフラで歩いているし、これは「神経内科」の担当。肺に得体の知れない雑菌が繁殖しているが、これは「呼吸器内科」と「感染症内科」の担当。血液も異常が多くこれは「血液内科」の担当。躁鬱症で気持ちの浮き沈みと不眠症があるが、これは「心療内科」の担当。

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腎臓悪化、ネオーラルとクレアチニンの推移 (平成25年6月1日)

 ずーっと5−6年の長期間免疫抑制剤「ネオーラル」を100mg前後で服用してきたが、その期間はクレアチニンは0.9台で殆ど横ばいの緩やかな上昇で推移してきた。ところが、ネオーラルを125mgで半年継続していたらこの数値が不安定になってきた。それ以降はネオーラル減量しても高止まりで改善しなくなった。
 H24年3月28日に100→125mgに増量して、数値は4月以降1.00 → 1.02 → 1.03 → 1.02 → 1.10 → 1.12 → 0.96 → 1.30と推移し一気に異常値へ。「人工透析」寸前と判断し、まだ間に合うとして、11月28日にネオーラル服用中止した。
 それ以降 1.05 → 1.05と続いたので、H25年2月6日からネオーラルを100mgで服用復活。数値は0.94 → 1.20と上昇。3月6日からネオーラルを75mgに減量。数値は0.97 → 1.10と再度上昇。4月24日からネオーラルを50mgに減量。でも数値は1.11と下がらず5月15日から再度服用中止。ネオーラルの扱いは「皮膚科」では処方せず「腎臓・内分泌内科」の専門医に委ねる事になった。

 <クレアチニン推移>
  H24/ 1/10 :  0.93 (100mg)
       2/ 7 :  ?
       3/13 :  0.97
       4/ 3 :  1.00 (125mg) 
       5/15 :  1.02
       6/12 :  1.03 
       7/10 :  1.02
       8/ 7 :  1.10 
       9/ 4 :  1.12
      10/ 9 :  0.96
      11/13 :  1.30*
      12/11 :  1.05 (0mg)
  H25/ 1/15 :  1.05
       2/12 :  0.94 (100mg)
       3/ 5 :  1.20
       3/12 :  0.97 (75mg) 
       4/ 9 :  1.10 
       5/14 :  1.11 (50mg)

 <ネオーラル推移>
   H24年 3月28日(水)100→125mg
   H24年11月28日(水)125→  0mg
   H25年 2月 6日(水)  0→100mg
   H25年 3月 6日(水)100→ 75mg
   H25年 4月24日(水) 75→ 50mg
   H25年 5月15日(水) 50→  0mg

 クレアチニンは筋肉を使った後の代謝産物で筋肉量に比例する。正常値は0.6から1.2の範囲。俺は「筋萎縮症=ミオパチー」で筋肉量が少ない。筋肉量が普通に有れば、この数値は5割増しぐらいになる筈で、実質相当悪い
 5月28日(火)の「腎臓・内分泌内科」診察では昨年9月の「腹部エコー」と今月17日の同検査と比べて腎臓が萎縮しているので、このままでは「人工透析」、「腎不全」、「尿毒症」等に進み「生命に関わる」との判断で、ネオーラル服用を見送り。服用するにしても25mgとごく少量で数値を見ながらだましだまし。でもこの量では血中濃度が低過ぎて効果が出ない。

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歩けば歩く程、体が壊れていく (平成25年6月7日)

 普通の人は「歩けば歩く程、健康体に」なっていく。血液の各数値が改善しメタボから開放される。1日10,000歩が目標だと。だが俺の場合、歩けば歩く程、体が壊れていく。歩いていると段々首が倒れていき姿勢が悪くなっていく。特に上り坂だと顕著。背骨(脊椎)全体が歪んでいく。変形・側湾が進んでいく。少し歩いたら背骨を伸ばさないといけない。やたらと外は歩けない。
 今は家の中で玄関近くの廊下に積んだダンボールに掴まって体を浮かせるように足踏みや屈伸運動を毎日10時間以上。外を歩けた頃は良かった。


“ガラガラうがい”が出来ない体 (平成25年6月17日)

 首や上体を反らす事が出来ないので、口を開けての“ガラガラうがい”が出来ない。通常姿勢で口を閉じて“ブクブクうがい”だけ。首を反らすと潰れた首の骨が中央に移動し神経に当たる。激痺れや激痛の他に、目が回ったり、意識が遠ざかったり、乗り物酔いみたい、な気持ち悪い状態になる。
 前屈や前傾も出来ない。頚椎損傷・腰椎損傷・側弯が加速する。腰椎が外れそうになる。なので日中も就寝中も「直立不動」の姿勢が基本。ラジオ体操やストレッチ体操や腕立て伏せは出来ない。内臓もボロボロで、だんだん「身体障害者」以上の実質「障害者」になっていく。


首を支えての悲惨な生活 (平成25年6月18日)

 骨・筋肉・血管・内臓・皮膚はボロボロで想像を絶する悲惨な生活だが、どこかのテレビ局で24時間密着取材すれば、少しは悲惨さが伝わると思うが。買い物や通院時は比較的良い状態なので「よそいき」の姿しか人には見せていない
 最も悲惨なのは首が潰れている事。普段は「首カラー」を首に巻いて前傾を防いでいるが、入浴・シャワー時はこれを外すのでモロに響く。少しでも首を前傾する時は片手で顎を支える。浴室では片手で顎を支えている時間が多い。腕が3本欲しい


睡眠薬「レンドルミン」の最適量を調整 (平成25年6月19日)

 睡眠薬「レンドルミン」量を調整して何度か試してみたが、「1.5錠」だと寝つきも良く4−5時間眠れる。だが、「1錠」だと眠りが浅くて3−4時間がやっと目が痛くて赤く充血して目やにが多く下まぶたが痙攣する。睡眠不足は目に直ぐ悪影響が出て「最悪」になる。こんな日は人に目を見られたくないので外出を控える。
 少しでも睡眠薬を減らそうと何度か1錠で試してみたが、1錠では満足する睡眠は得られないとの結論。1時間の睡眠の差は大きい。今夜から中間の「1錠1/4」を基本とする。半年前の「1錠」が今は「1錠1/4」に適量が変わっている。
 今日もひきこもって1日中10時間以上ウォーキングだった。立っているだけで首と腰が変形して痛みが出るのでこれを伸ばそうと、リクライニング椅子で時々は背骨を伸ばすが、睡眠不足なので、足を動かししている状態でも数分ウトウト眠ってしまう。

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今回入院で「生きる屍」を痛感、身長が毎年縮んでいる (平成25年7月15日)

 今回は7月10日(水)から15日(月)の5泊6日の短期入院で左耳横に出来た皮膚癌の一種「基底細胞癌(BCC)」の「黒子」除去手術だった。今回の入院で不調の塊を数値で幾つか証明してしまった。まさに「ステロイド性廃人=生きる屍」だ。難病と合併症が2−3個の人はどれだけ楽だか。どれだけ幸福だか。
 入院すると入院当日11時頃パジャマに着替えた後、恒例の身長・体重測定する。条件が同じなので比較出来る。それによると、身長は今回166.7cmだった。前回の3年半前は169.0cm、7年半前は172.0cm、発病時の13年前は173.0cmだった。測定誤差が有るが、背骨が変形して毎年1cm近く(実際は0.7cmぐらいだが)縮小している。そして腰への負荷・荷重が大きくて、食事の為に病棟内を歩くのも3年半前の前回入院時と比べ段違いに苦しい。同じ歩行動作でも間隔が開いていると差を実感する。
 脊椎側弯がどんどん進行している。背骨の「S字」変形が一層進んでいる。無重力から重力状態に戻ったみたい。重力をモロに受け止め、背骨の骨と骨が食い込んでいく感じ。前回は毎食後病院構内を1時間以上ウォーキングしていた。今はとても歩けない。
 それに手術以降の食事は病室に配膳されたが、姿勢が悪く食事が「難行苦行」だった。両脚・足の浮腫みが酷く正座出来ない。あぐらを組むと背中が湾曲して姿勢が更に悪くなる。結局、試行錯誤して両脚とお尻の間に枕を入れて「中腰気味」の「半正座」が最も楽だった。
 頚椎損傷の影響か、左腕がだるく、感覚麻痺して、冷たい。手足は夏も冬も冷たいが、手術時右てのひらに体温計シールをつけてモニターしていたが、28℃で「有り得ない」数値と言われた。
 手術時は血液が止まり難く出血が多かった血液ドロドロ度を示す「Dダイマー」が2.7→2.7→2.6と異常が続いているので、「循環器内科」で血液サラサラにする「ワーファリン」服用を検討しているが、これを服用すると更に血液が止まり難くなる。要するに「脳梗塞」と「脳出血」の相反する両方の危険がある。


下痢便がかなり改善した (平成25年7月20日)

整腸剤、ミヤBM錠
−整腸剤、ミヤBM錠−
 
 昨年秋から下痢便・水便で、ずーっと「整腸剤、ミヤBM錠」を服用しているが、春頃から軟便に回復して、今日は久しぶりにほぼ普通便だった。この整腸剤は副作用が少ないと言われているが、何時までも頼っていられない。「自力更生」しないと。
 3月頃まではオナラや屈伸運動でドロドロ便が肛門から漏れてお尻を拭いても拭いても直ぐ濡れていた


一箇所悪くなると何箇所も悪くなる (平成25年7月21日)

 内臓であれば一箇所悪化すれば他も負担が増える。いわば「連帯責任」だ。今では「五臓六腑」みんな異常だ。脊椎や手脚の骨格だとそれをかばって、歪みが増えていく。俺の場合、左右のバランスが悪いし、首が潰れて前傾し、腰が潰れて変形・側弯し、左腕が半分麻痺し、だるく冷たい。両脚ふともも裏付け根が痛む。膝もしょっちゅう痛みが出る。右足裏外側は床に押し付けると痛く、内側を使ったり毎日の膝屈伸運動はつま先立ちで行う。首が自由に動かせないので、回りにしわ寄せが出る。しゃがんだら自力で立ち上がれないので、回りにしわ寄せが出る。
 かくして立派な「ステロイド性廃人=生きる屍」になった。いやまだ進行途中だ。発展途上だ。1−2年後には「寝たきり」になっているかも。そうしたらウォーキングが出来ないので血糖値が上がって生きていられないだろう。首もこれ以上悪化したら不調続出で生きていられない。難病本体もこのまま悪化すると危険を覚悟して薬を増量しないと行けない。そうなったら生存環境は一気に悪化。他にも爆弾を多数抱えている。何度も記述しているが俺の余命は長くて10年。東京オリンピック時の2020年は生きていないだろう


昔はこの難病の死亡率は高かった (平成25年7月29日)

 確か70−80%ぐらいの死亡率だった。ステロイドを使うようになって激減し今は10%ぐらいか。でも俺の場合、ステロイド服用累計が62,000mgに達し副作用が酷くて増量も減量も出来ない。6年間「リリーフエース」としてステロイドを補って大活躍した免疫抑制剤「ネオーラル」も先月腎臓が悪化したので断念した。これで治療方法が全く無くなった。完全に「八方塞がり」で、「袋小路」だ。俺一人だけ死亡率は高い
 この難病の強さを示す「自己抗体価、dsg1」は4月以降200→230→250→280と右肩上がり一直線で悪化。来月はほぼ確実に310になる。「重症」がずーっと続く。

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不調の塊、現在の悪化傾向の不調一覧(永久保存版) (平成25年8月3日)

 既にステロイド服用累計63,000mgを越え「ステロイド性廃人=生きる屍」。全身不調の塊、まともな部分は残っていない。安定しているのもジワジワ悪化しているのもある。現在の不調で最近悪化しているのは、まず
  @難病本体の痛みが全身で20ヶ所
  A脊椎・腰椎側弯の不調(首を前傾したり反らせると神経根症症状・腰を曲げると骨が外れそうになる・家の中を歩くのもやっと)、
  B両足の浮腫みで24時間焼けるような痛み、
  C右足裏の魚の目が内部に閉じ込められ接地すると激しく痛む、
  D左腕全体の血行障害で感覚麻痺・だるさ・冷たさ・脱力感
  E右手指2本の骨折の痛み
  F左脚膝上に痣が出来て痛む、
  G左脚裏付け根が原因不明の痛みが続く、
  H左耳横の手術時の糸が残っているみたいで痛む、
  I肺に雑菌が潜んでおり肺炎で時々激しい咳が出る、
  J右目が後期白内障でかすむ、
  K右目下まぶたの痙攣
  L両耳が時々濡れ今朝は右耳が濡れた、
  M両耳の「蝉時雨」状の耳鳴りが24時間続く(日中は騒音で気にならないが)、
  N血液がドロドロでサラサラ(脳梗塞と脳出血の同時進行の恐れ)、
  O空腹時の胃の痛み、
  P排便時の出血(6割ぐらいの比率)、
  Qひっきりなしにげっぷが出る、
 と、非常に多い。こんなに不調を抱えている事を誰も知らない。神様も仏様も。誰か一人でも理解者がいると救われるのだが。
 一方、両手の痙攣は現在治まっている。夜間頻尿も5時間間隔と一応治まっている。横ばいで継続している不調もいっぱいある。例えば、糖尿病は毎日10時間以上の室内ウォーキングで安定している。


「本丸」は難病本体、「二の丸」は脊椎(頚椎・腰椎) (平成25年8月4日)

 この「本丸」の難病本体も「二の丸」の脊椎・腰椎側弯も日増しに悪化。相反する難病本体と副作用・合併症との両面作戦。5月中旬に腎臓が萎縮と機能悪化により免疫抑制剤「ネオーラル」を服用中止したので、病状悪化は当然。どこまで悪化するか、そして悪化速度はどうなるか。悪化が際限無く続くか、悪化速度が急だと致命的。病状が拡大すると火傷と同じで死亡率が高まる。もう薬が使えないので「八方塞がり」で「袋小路」で「お手上げ」だ。軟膏処置するしか方法が無い。主治医の方針は「軟膏をしっかり塗って耐える」。まだ1−2ヶ月ぐらいは耐えられるが、病状悪化は1−2年続くだろう。何しろ今の病状悪化は5年前から始まっている。病状悪化の都度「ネオーラル」を調整してきた。でもこれはもう使えない。
 一方、脊椎・腰椎側弯は、重症糖尿病もあるので毎日10時間以上何かに掴まってウォーキングしており、日増しに側弯・損傷が悪化している。「首カラー」を常時装着だが、家の中でも片手で顎を支えて、片手で壁やテーブルに掴まってフラフラ移動する。

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最大の爆弾は「頚椎損傷」(永久保存版) (平成25年8月10日)

 爆弾を幾つも抱えているが、最大の爆弾は「頚椎損傷」。首が潰れて前傾している。首の中を通っている神経が圧迫される。不快な症状が増えており確実に悪化している。そう長くは持たない。3年半前、「首を起こす」手術を検討したが、状況が悪く断念。
 首を反らすと潰れた骨が動く。就寝中に枕が外れるとこの反った状態に近く危険。骨が移動し神経を覆っている保護膜を突き破って神経が一部むき出しになっている。腕に「激痺れ」や「激痛」や他の不快な症状が出る。これは「頚椎症性神経根症」という病名。
 家事労働等の日常生活で首の損傷が進む。首に常時「首カラー」を巻き、歩く時は脊椎全体が前傾し首に荷重が掛かるので片手で顎を支える
 首を左右に動かすと首の中で何かが擦れて“ギシギシ”音がする。不用意に動かすと「乗り物酔い=二日酔い」症状をはじめいろんな不快な症状が出る。最大の不快症状は1日中目がグルグル回る事。立っていられず起きていられず、悪心で食欲無し。横になっていて苦しくて涙が出る。普段の半分の摂取カロリーをやっと摂り1日中寝ている。その結果血糖値が200以上に上昇し体重が激減する。これが頻繁に起こるようになったら「一大決心」する。これ以上「廃人」として生きて行くのは辛い


第二の爆弾は「脊椎・腰椎側弯」(永久保存版) (平成25年8月11日)

 毎年身長が1cmぐらい縮んでいる。入院当日午前中に身長・体重を測定する。これによると8年前には173cmあったのに今年7月入院時は166.7cmだった。脊椎を横からみると極度に「S字」変形している。お腹は前に突き出て背中とお尻は後ろに、そして首は倒れて。更に前から見ると左右に傾いている。
 外を歩けば歩く程、脊椎が曲がっていく。膝を上げるとそれに連動して脊椎が前傾する。坂道や階段は脊椎前傾を加速する。首が前傾しているので少しでも首を真っ直ぐにしようとするとお腹を前に突き出す格好になる。ふんぞりかえる格好になる。お腹が天井を向くと首が真っ直ぐ近くになる。
 脊椎に荷重が掛かるので重い物を持てない。買い物も通院もショッピングカートを引っ張ってフラフラ歩く。ショッピングカートはもう手足の一部。
 腰を曲げて戻そうとすると、骨が外れそうになる。手足なら大丈夫だが腰の骨が外れたらアウト。寝たきりになり排便も出来なくなる。今は暑くて外しているが普段は昨年秋から「腰ベルト」装着
 糖尿病も重症で血糖値が悪いので毎食後3時間半のウォーキングが必要。家の中で何かに掴まり、体を浮かせるように腰の負担を軽くしているが、立っているのも辛い。かくして脊椎の側弯・変形が日増しに進む。何時の日にか寝たきりになるだろう。そうなったら糖尿病でアウト


第三の爆弾は「内臓=五臓六腑」 (平成25年8月12日)

 内臓の五臓六腑はどこもボロボロで問題が多い。心臓・腎臓・肝臓・膵臓など。心臓は突然死の心電図、血圧も不安定でお風呂で倒れたりした。腎臓も慢性腎臓病と両腎軽度萎縮。クレアチニンが上昇しており、尿毒症や腎不全の危険も秘めている。糖尿病も重症なので現在の毎食後3時間半、1日合計10時間の室内ウォーキングができなくなったら一気に悪化しアウト。血液がドロドロでサラサラ(脳梗塞と脳出血の同時進行の恐れ)もある。


左腕全体が血行不良で感覚麻痺 (平成25年8月13日)

 左腕が異常となったのは10ヶ月ぐらい前から。左腕全体が血行不良でだるく、冷たく、そして感覚麻痺、力が入らない、脱力がすごい。1週間ぐらい前から指も感覚麻痺が急激に進む。小指から順に悪化が進む。毎日数回左手指を穿孔し血を出し血糖値を測るが、小指と薬指は感覚が無くて穿孔出来なくなった。数日前まで薬指を穿孔していた。昨日夜から中指に変更したが、この指は何故か血が出難い。痛みが有って「手応え」を感じても血が出ず、穿孔した周囲を数分間押してやっと測定可能な血液量が直径3ミリぐらいの半球状になる。幾ら押しても駄目な時もある。
 物を掴み損ね落下させる事が増えたこのまま悪化すると左腕切断にならないか心配がよぎる。
 最悪の場合、血行不良となると組織が壊死する。脚は1本ぐらい切断しても大丈夫だが、腕は困る。腕全体は「慢性」的悪化だったが、指は「急性」的悪化。近日中に検査しないと。これは「神経内科」か「整形外科」か。

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半年間の両足「浮腫み」と「霜焼け」推移 (平成25年8月24日)

 この約半年間の「浮腫み」と「霜焼け」の推移を画像で示す。「浮腫み」は半年で殆ど変わらないが「霜焼け」は指と甲が紫色に変わって指が爛れてくる
 11月から全体が紫になる。翌年1月になると右足指が爛れてくる。5月になると「霜焼け」が治まる。全部同じデジカメ撮影で色合いは同じ。

浮腫み H24年 8月23日
−H24年 8月23日−
浮腫み H24年10月 6日
−H24年10月 6日−
浮腫み H24年11月 3日
−H24年11月 3日−
浮腫み H24年12月 7日
−H24年12月 7日−
浮腫み H25年 1月 2日
−H25年 1月 2日−
浮腫み H25年 2月10日
−H25年 2月10日−
浮腫み H25年 2月20日
−H25年 2月20日−
浮腫み H25年 3月25日
−H25年 3月25日−
浮腫み H25年 4月 6日
−H25年 4月 6日−
浮腫み H25年 5月31日
−H25年 5月31日−

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難病本体の改善はもう期待していない (平成25年8月28日)

 もうステロイドも免疫抑制剤も増量できないので、病状の改善は期待出来ない。病気のエネルギーに任せてどこまでも悪化していく。悪化速度が速ければ生命の危険ゾーンに早く到達する。
 「自己抗体価dsg1」は4月以降200→230→250→280→320と一直線の増加を続けている。このままの上昇幅だと生命の危険ゾーンに1年半程度で到達する。火傷がジワジワ拡大しているような状況。病変部面積が半分を超えると危険な状況になる。
 自己抗体価の平均上昇幅は現在の半分の20が目標。そうすれば2−3年は耐えられる。1000ぐらいから危険ゾーン。ステロイドが使えれば2000になってもギリギリ大丈夫だが。ステロイドが登場する前は死亡率が高かった。今の俺はそれに近い。上昇幅が20程度なら3年は生きられる。
 今の自己抗体価の320は重症の数値。普通なら2ヶ月程度入院してステロイド40mgで治療する。これが出来たらどんなにいいか。俺の場合ステロイド40mgだと生きて退院できない。


難病本体の病状回復は絶望だが (平成25年9月4日)

 もし腎臓機能が回復し、萎縮している腎臓が元の大きさに戻りクレアチニンが0.90未満に回復すれば、免疫抑制剤「ネオーラル」を25mgで回復できる。この量では「焼け石に水」だが、これでも尚クレアチニンが0.90前後なら次に50mg服用できるかも。病気の強さに拮抗するのは80−90mg程度だが、この50mg量なら病状悪化速度を緩やかに出来る。これが唯一生き残れる方法。
 数ヶ月前のエコー検査で腎臓は約8ヶ月前に比べ約2cm小さくなっている。腎臓機能クレアチニンは4月以降 1.10 → 1.11 → 1.02 → 1.07 → 1.13、と推移。5月15日「ネオーラル」服用中止で一瞬下がったが、その後ジワジワ悪化中。俺の腎臓は一旦悪くなると原因を取り除いても元に戻らない「不可逆進行」と「腎臓・内分泌内科」のK先生は警告している。
 難病本体は半年ずーっと悪化中。病気の強さを示す「自己抗体価dsg1」は4月以降200→230→250→280→320と右肩上がり一直線の悪化を続けている。


現世は苦の娑婆だね、生き地獄だね (平成25年9月6日)

 後から後から病気・不調が出て増える一方で一向に減らない。名の付いた合併症は18種類、副作用は50種類に及ぶ。副作用が酷くなって今まで使えていた薬が使えなくなった。「お手上げ」状態。手を上げても「バンザイ」ではない。
 苦しい事だらけで愉しい事なんか滅多にありゃしない。「捨てる神あれば、拾う神あり」というが、どこかに拾ってくれる神様、味方になってくれる神様がいらっしゃればいいのだが。神様は見て見ぬふりで素通りされる。

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脊椎・腰椎側弯、首が横にもかなり変形 (平成25年9月7日、9月15日)

 整形外科では「脊椎・腰椎側弯」と診断されている。脊椎全体が横から見ると極度に「S字」変形している。背中が後ろに飛び出て、お腹が前に飛び出て。後ろから見ると背骨が「弓状」に左に膨らんでいる。
 首が潰れているので5年前頃から「首カラー」を装着している。当初は時々、今は常時装着。もうこれが無いと生活できない。首や上体を前傾したり歩行する時は、これだけでは不充分で首に荷重が掛かるので更に片手で前傾を抑える
 首は前後に45度以上傾いているが、左右にもかなり傾いている事が9月6日の画像で判明して衝撃を受けた。こんなに曲がっていたとは。これだけ前後・左右に傾いていると「頚椎損傷」が進み「頚椎症性神経根症」が悪化し「激痺れ」や「激痛」や「とても苦しい症状」が多発するのも当たり前なのかも。この2−3週間で急激に悪化している左腕の麻痺も首から来ている可能性が高い。

首後ろ 9月15日
−首後ろ 9月15日−
背中 9月 4日
−背中 9月 4日−
背中右 9月 4日
−背中右 9月 4日−
上体横 9月23日
−上体横 9月23日−

 首が潰れた5年前以降の首を後ろから撮った画像を集めて何時頃から傾いているのか追跡してみた。これによると平成24年3月19日は殆ど傾いていないが、同年4月4日から傾いている。この頃から真っ直ぐ立っているのが辛いので撮影時右手を洗面台に掴まっている。首に皺が増えた

首後ろ H20年8月17日
−首後 H20年8月17日−
首後ろ H21年4月4日
−首後 H21年4月4日−
首後ろ H24年3月19日
−首後 H24年3月19日−
首後ろ H24年4月4日
−首後 H24年4月4日−
首後ろ H25年9月6日
−首後 H25年9月6日−

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新しい治療方法が開発されないかな (平成25年9月19日)

 何度も記述しているが現代医学では治療方法が無くなった。今迄使えた薬が使えなくなった。もう難病を抑える方法が無い。顔が「お岩さん」になっても耐えるだけ。このままの勢いだと1年ぐらいで「危険ゾーン」に到達する。この時になったら「究極の選択」が迫られる。来年末頃には。
 一時しのぎの「ガンマー・グロブリン」が有るがこれも簡単には受けられない。これがもし効いて自己抗体価dsg1が400→200に低下しても4ヶ月程度時間軸を逆戻りするに過ぎない。効かない時もあるし、リスクも伴う。効いても右肩上がりが再開され、すぐ400に上昇してしまう。そしてそのまま上昇し「危険ゾーン」の1000に突入。
 新しい治療方法が開発されるまで、QOLの極めて低い生活、各種治療だけで1日が終わる日常生活、「廃人生活」、「生き地獄の日々」はずーっと続く。その間も「廃人」度は進む。


病状悪化速度が低下しないかな (平成25年9月20日)

 普通なら「完治」とか「ステロイド離脱」とか「ステロイド5mgで維持」とかを願うのだが、土台無理な希望。高望みはしない。もう薬の増量が出来ないので抑えられない。悪化速度が緩やかになってくれればいい。願わくば横ばいに。そして副作用がこれ以上増えない事。悪化しない事。要するに現状維持がいい。願望・目標はどんどん下がっていく。
 もう薬が増量出来ないので悪化しても指を加えて眺めているだけ。上昇幅が緩やかになるのがベスト。上昇幅が平均50だと1年後には危険ゾーンの1000に到達する。
 血液製剤を使った「一時しのぎ」の治療もあるが、効果は不明でやってみないとわからなく期待出来ず、副作用もある。病勢が強いと「糠に釘」「2階から目薬」「ザルで水汲む」ようなもの

 7年間効果的に使えていた免疫抑制剤「ネオーラル」を小幅減量を繰り返した後5月15日遂に服用中止した。当然、それ以降勢いを増してきている。副作用が酷く薬はもう増量出来ない。薬ではもう抑えられない。悪化は防げないが、悪化速度が緩やかになってくれるのがベスト。
 もし病気を司る神様がおられて取引出来るなら脚1本と引き換えに難病本体の悪化速度を横ばいにしてもらいたい。今は歯止め無く悪化している最中。これを抑える方法は無い。脚1本で病気にブレーキが掛かるなら有利な取引。前にも何度か記述したが今は「脚1本で病勢横ばい」に条件を下げた。「トカゲの尻尾切り」で足は生えて来ないが、当面の苦境を乗り切れる。取引してくれないかな。「捨てる神有れば、拾う神有り」。捨てる神様ばかりだが、どこかに拾ってくれる神様が。


悲惨!今朝も「目がグルグル回って」二度寝(永久保存版) (平成25年9月22日)

 今朝は何時もより早く8時頃に起床したが、「目がグルグル回って」更に気持ち悪さも出たのでまた横になった。12時に再度起床したら、少し治まったので今度はそのまま起きている。
 浴槽を洗う時等首の前傾を多くすると「目が1日中グルグル回って、起きていられず立っていられず」で更に「乗り物酔い」みたいな気持ち悪さが重なる事が過去に3回起こった。いろんな苦しい副作用が出るがこれが最も苦しい。1日中目がグルグル回る時はさすがに苦しくて布団の中で涙をこぼす

 何時爆発するか不明の爆弾を幾つも抱えているが「首」は最大で「悲惨」な時限爆弾。ジワジワ悪化し、時々想像を絶する苦しい症状が出る。
 首は消耗品で日常生活の前傾姿勢で損傷を加速する。「整形外科」医にはこれ以上悪化したら日常生活出来なくなると警告されている。「四つん這い」や「腕立て臥せ」なんかやったらとんでもない事になる。床に寝転がる事も厳禁。首を反らせるのと同じで自殺行為となる。枕の高さは極めて重要。高過ぎても駄目、低過ぎても駄目。寝ている間に枕が外れるとまずい。日中も就寝中も「直立不動」姿勢が基本。


首は悪化と小康状態を繰り返す (平成25年9月29日)

 首は潰れたり固まったりを繰り返しながらトレンドは悪化方向。今のところ「嵐の前の静けさ」なのか安定している。首が潰れている時は首を動かすと骨が中央に動いて神経に当たって想像を絶する苦しい症状が続出する。首を反らすと骨が中央に移動し神経に接触する。寝ている間に枕が外れると首を反らしたのと同じで大変な事になる。昨夜は途中で枕が外れて目覚めたが幸い不快な症状は出なかった。


「神経内科」診察で「尺骨神経」損傷が判明 (平成25年10月2日)

 左腕全体が1年ぐらい前から血行不良で、冷たく、だるく、力が入らず、動かし難く、感覚麻痺、骨の痛み、小指と薬指の麻痺、等の不快な症状が出ている。

 先日9月24日(火)の「筋電図」検査の結果、左腕前腕部の小指側下半分の尺骨神経(しゃこつしんけい)が損傷している事が分かった。これは普段玄関近くの廊下で足踏み・屈伸運動しながら、ダンボール上のノートパソコンを眺めている時、左腕がだるいのでノートパソコンフレームに左腕を乗っけている姿勢がまずいみたい。パソコンのこのフレーム部分はシールが剥がれ、シルバー色塗装も剥がれクリーム色の地肌が露出している。このフレームにクッションを取り付ける。フェルトやらプチプチでやる。糖尿病もあるので神経は要注意との事。

 要するに「左腕全体の麻痺」は頸椎損傷が原因、「左手小指と薬指の麻痺」はこの前腕部の尺骨神経損傷が原因

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最大の爆弾は「首」だが、やっぱり不調 (平成25年10月18日)

 立っているだけで首の根元左側が痛む。ここは損傷している場所。通常の家事労働での前傾姿勢が首と腰を悪化させる。「前傾角度x時間」の積み重ねがジワジワ首を損傷させていく。前傾角度が緩やかだと損傷が少ないが45度の前傾は首に掛かる荷重が大きい。
 それに、外を歩けば歩く程姿勢が悪くなって首と腰を悪化させる。膝を上げると連動して上体が前傾する。膝を高く上げれば上げる程上体が大きく傾く。ふとももが地面と並行まで上げると上体は45度ぐらいに傾く。普通に歩いていると左右の足の動きに同調して上体が揺れる。そうすると首が段々痛くなる。なので外を歩く時は常に片手で拳を“グー”にして顎を支える
 寝たきり生活か直立不動の姿勢が理想だが、他すべての日常生活は首と腰を悪化させる。


膝屈伸運動でまだ便が漏れる (平成25年10月24日)

整腸剤、ミヤBM錠
−整腸剤、ミヤBM錠−
 
 糖尿病も悪く、“腹八分目”でも食後の血糖値が推定700ぐらいに上昇する。なので毎食後3時間半もの長時間ダンボールに寄り掛かって膝を曲げ伸ばしの屈伸運動の室内ウォーキングしている。1日合計では10時間になる。整腸剤「ミヤBM錠」の長期服用で便がほぼ普通便に戻ったが、この膝屈伸運動で茶色い便が漏れる
 ゆっくり運動していればいのだが、運動負荷を高めるため音楽に合わせてリズム良く屈伸運動していると膝を最大に折り曲げる瞬間に肛門が緩み便が漏れる。「ミオパチー」でお尻の筋肉が萎縮しているのが影響している。下痢便や軟便の時はもっと酷かったが普通便に戻った今でもまだ続いている。毎日数回もお尻を拭き取る。


「満身創痍」だけど改善も見られる (平成25年11月3日)

 首と腰の悪化から「直立不動」姿勢以外は負担が大きく次第に日常生活が困難になっていて、「要介護」状態になっている。以前介護申請したが却下されていて、その当時よりかなり悪化。難病本体も顔を中心に悪化している。
 が、5月中旬に免疫抑制剤「ネオーラル」を服用中止しているので、それの効果のプラス面が出てきているのか「両足浮腫み」が改善してきた。ピークの7割程度にしぼんだ。それに「夜間頻尿」も改善し6時間に間隔が伸びた。


悲惨!またも目がグルグル回って苦しい(永久保存版) (平成25年11月6日、11月7日)

 シャワーを浴びた後、目がグルグル回り出し、乗り物酔いみたいな気持ち悪さ、も出てきた。昼間何時間か横になったが改善しない。昨日1日中病院で歩き回ったり前傾姿勢が多くなったりで首のダメージが蓄積された状態で、今日のシャワーでの前傾姿勢がとどめとなったのかも。苦しくて立っていられなく、起きていられない

 翌日は少し治まったが、まだ首が固まっていないようで、頭を回転させたり早く動かすと気持ち悪い。首を不用意に動かせないし、首を曲げられない。シャワーでは「首カラー」を外すので前傾の衝撃を直接受ける。
 首の損傷がギリギリのところまで進んでいるので直ぐ一線を越えてしまう。当分は、「首を曲げず」「前傾姿勢」をせずに、「後ろに反らさず」、「歩き回らず」、「直立不動」で段ボールに寄り掛かって膝屈伸運動で1日過ごす。床に物を落としても拾えない。家事労働を何時も以上に「手抜き」に。

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昨年今頃と比較して(永久保存版) (平成25年11月14日)

 ステロイドの「プレドニン」は7.5mgで変化無いが、免疫抑制剤「ネオーラル」は春頃から減量続け、5月中旬に服用中止となっている。そのため難病本体の勢いが強く症状は悪い。4月から自己抗体価dsg1は重症の200以上が続く。また2月末“アスピルギルス”?肺炎を発症して様子見。
 昨年12月以降、お風呂を洗った翌日は目が1日中グルグル回って起きていられず1日中寝るようになった。他にも苦しい症状が出る。今では首を急に動かすと気持ち悪くなる。
 首と腰は寝たきり生活になれば横ばいだが、日常生活の家事労働では前傾姿勢が多くなるので、また外を歩く事によって姿勢が悪くなるので悪化は防げない。1年前とは桁違いに悪化している。この首の影響で左腕は1年前から麻痺している。

 一方プラス面では、両足浮腫み、夜間頻尿、指の痙攣、通風、血圧、下痢便・水便、大便の色、等は改善した。

 糖尿病は殆ど変わらず。外を歩けないので毎日家の中で段ボールに寄り掛かって足踏み・屈伸運動を10時間継続中。体重は昨年11月より2kg減って49kgと体格指数「BMI」は17の「激痩せ」状態。運動量が多いので体重を52.5kgに増やしたいが増えない。

 脊椎上部は、首が前傾してそのままの角度で背中も飛び出て「猫背」で丸まっている。


背骨が日増しに変形、現在の変形状況 (平成25年11月18日)

 3年前頃から首が潰れて前後にも左右にも傾いてきた。脊椎全体も横から見ると「S字変形」し、後ろから見ると背骨も「弓状変形」している。背骨が左側に膨らんでいる。肩周辺と腰上が曲がっている。整形外科の診断は「脊椎・腰椎側弯」となっている。

背中、H25. 9. 8
−背中、H25. 9. 8−
背中、H25. 9.17
−背中、H25. 9.17−
背中、H25.10. 5
−背中、H25.10. 5−
背中、H25.10.30
−背中、H25.10.30−
背中、H25.11.10
−背中、H25.11.10−

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ステロイド服用累計が64,000mg突破 (平成25年11月28日)

 先日推計したら、11月8日頃でステロイド服用累計が64,000mg(12,800錠)を突破した。通常の5mg錠剤では12,800錠になる。これだけ大量に服用している人は国内には殆どいない。もしいたらお目にかかりたい。そして苦しみを共有したい。
 50,000mg(10,000錠)を超えると重篤な副作用が頻発する。病気の塊になる。恐らく俺と同じく「ステロイド性廃人」でやっと生きている状態だと思う。


「快食・快眠」は無いが「快便」は有る (平成25年12月2日)

 ここ2年ぐらい、「整腸剤ミヤBM錠」を服用しているが、もう半年ぐらい下痢便・水便にはなっていない。服用回数を春以降1日3回→2回→1回と順次減らしてきた。軟着陸したので、今月の診察で「整腸剤」は服用中止の予定
 大便は今は出たい時に出している。リキむ必要は無い。春頃はまだ軟便で色は薄く段ボール色だったが、今はほぼ普通便で量も多いし色も正常な茶色い色になってきた。切れ痔・疣痔で出血が多かったがこれも止まった。


「快便」は有るが「快眠」は無い (平成25年12月3日)

顔左斜め12月 3日
−顔左斜め12月 3日−
浮腫みと霜焼け12月 4日
−浮腫みと霜焼け12月 4日−
 
 全身痛みの塊で、常時何種類かの痛みが有る。睡眠薬「レンドルミン」1錠服用しても、眠りが浅く数時間しか眠れない
 まず難病本体では、顔(額・頬)の症状が拡大しており、就寝時は治まっていても時間と共にヒリヒリ、ズキズキが進む。明け方掻きむしってしまう。胴体の背中や胸等の各部も皮膚症状が時々新生して痛む。
 次に両足の浮腫みと霜焼けの痛み。両足の浮腫みは足指・足裏・甲が焼けるような痛み。霜焼けの痛みはここ数日前から両足指で始まった。紫色になってきて痛む。
 かくして、頭のてっぺんから足指先まで痛む。眠りが浅いと不整脈が増えて心臓他の調子が悪い

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筋肉障害が酷い、他にも不調続出 (平成26年2月2日)

 歩行困難も酷いが、筋肉障害も酷い。歩行困難は歩行すると家の中でも外でも体が左右に揺れる。筋肉障害は麻痺と痙攣と攣り。昨日に続いて今朝も就寝中に右足膝周辺が激痛で目覚めたが脚が麻痺して動かなかった。左足と両腕を使って痛まない位置に動かした。右手指の痙攣も酷く、同じ筋肉を数秒使っていると痙攣。何をやっても。
 手・足の筋肉が麻痺や痙攣しても痛みだけで済むが、内臓を動かしている「不随意筋肉」が痙攣したら、とても危険
 そのほか、右目の「後発白内障」も悪化して、ぼやけて全然見えなくなった。今月末の「眼科」診察では手術を決意する。他にも不調が続出。
 免疫力も日増しに低下している。入院中も左足親指や左耳たぶに細菌が感染しその都度「抗生剤」を1週間程度の短期間服用していた。


足は不調が多い (平成26年2月6日、2月10日)

両足浮腫み 1月 4日
−両足浮腫み 1月 4日−
両足浮腫み 2月10日
−両足浮腫み 2月10日−
 
 両足はいろんな副作用が共存している。まず浮腫みが酷い。横に広がって上に膨らんで。入院中も看護士さんが見てびっくり。これが焼けるように痛む。それに足裏の感覚麻痺。通常皮膚の上に別の神経が入り込んで混ざっているような感覚。それに足指の霜焼けと踵周辺のひび割れ。これらが混ざって複雑な焼けるような痛み。
 1枚目の画像は1月4日14時に病院で撮影した「両足の浮腫み」状態。スリッパの痕がクッキリ残っている。夜になれば更に酷くなる。右足親指が半分黒いのは浮腫みで靴が小さくなって通院時親指が圧迫されたため。

 両足浮腫みが日増しに悪化している。昨日から足首や足指を曲げられなくなっている。こんなのは過去に無かった。浮腫みの原因は心臓と腎臓と肝臓。腎臓は「人工透析」寸前の状態。今後どうなるのか。
 足首や足指を曲げられなくなっている、と。2枚目の画像は2月10日16時現在の浮腫み状態。まるで「象の足」だ。くるぶしも平坦になっている。パンクしそう。時間と共に浮腫みが加速するので、夜はもっと酷くなる。膝も曲がらず正座は4年以上やってない
 日増しに酷くなっているので1ヵ月後や6ヵ月後にはどうなっているか。足は破裂しても構わないが内臓がどうなっていくか心配腎臓は短期間に2cm小さくなっているし、機能不全に陥っている。


ステロイド増量による現在の副作用(永久保存版) (平成26年2月7日)

 12月27日(金)からステロイド「プレドニン」を7.5→20mgに増量した。それ以前からも難病本体より副作用・合併症の方が遥に辛かったが、これで一層生活の質は悪化した。生存環境は悪化した。

  ・歩行困難が加速、杖を頼りに時速1−2kmでやっと歩行、家の中もやっと
  ・脊椎・腰椎側湾が加速
  ・左腕全体の麻痺が加速
  ・頸椎損傷で首が前傾出来なくインシュリンをお腹に打てなくなった
  ・手・脚の筋肉障害(痙攣・攣り・激痛・麻痺)が頻発
  ・両足裏の感覚麻痺
  ・両足甲・指の浮腫みが悪化
  ・血糖値が平均で30程度悪化
  ・右目「後発白内障」が悪化し文字が識別不能で手術必要になった
  ・腸内環境が悪化したのか下痢便が多くなった、便の色も黒くなった
  ・入院中から空腹時に胃が痛くなる事が増えた、食後も違和感
  ・入院中から血行不良が加速し足指が霜焼けになった
  ・入院中から免疫力低下し細菌感染が増えた

 ステロイド副作用は日増しに悪化している。大きなものでは「歩行困難」、「筋肉障害」、「両足浮腫み」、「右目後発白内障」、「血糖値悪化」それに「左腕麻痺」等。この「左腕麻痺」ではペットボトルのキャップが開けられない。まともなのは右腕だけ。

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浮腫みで足甲が破裂ししぼんで再度浮腫んで、象の足に (平成26年3月25日、5月2日)

 2月21日に「蜂窩織炎」で緊急入院した時が浮腫みのピーク、両足が浮腫み圧力でくるぶし下が裂けて、これで両脚がズキンズキンで全く動けずベッド上で安静状態。入院1週間ぐらいで浮腫みが急激にしぼんだ。3月14日に退院後は抑制しながらも立っている時間が増えたら、再度浮腫みが準ピークに

 「蜂窩織炎」で緊急入院した時が浮腫みのピーク
両足浮腫み、H26. 2.20
−両足浮腫み−
(H26.2.20)
両足浮腫み、H26. 2.20
−両足浮腫み−
(H26.2.20)
両足浮腫み、H26. 2.20
−両足浮腫み−
(H26.2.20)
両足浮腫み、H26. 2.20夕方
−両足浮腫み−
(H26.2.20)
両足浮腫み、H26. 2.21未明
−両足浮腫み−
(H26.2.21)
両足浮腫み、H26. 2.21未明
−両足浮腫み−
(H26.2.21)
両足浮腫み、H26. 2.21未明
−両足浮腫み−
(H26.2.21)
両足浮腫み(拡大)、H26. 2.21未明
−両足浮腫み−
(H26.2.21)

 1週間ぐらいの安静状態で浮腫みが急激にしぼんだ
両足浮腫み、H26. 2.27
−両足浮腫み−
(H26. 2.27)
両足浮腫み、H26. 3. 4
−両足浮腫み−
(H26. 3. 4)
両足浮腫み、H26. 3. 6
−両足浮腫み−
(H26. 3. 6)
両足浮腫み、H26. 3.11
−両足浮腫み−
(H26. 3.11)

 退院後は立っている時間が増えたら、再度浮腫みが準ピークに
両足浮腫み、H26. 3.22
−両足浮腫み−
(H26. 3.22)
両足浮腫み、H26. 3.22
−両足浮腫み−
(H26. 3.22)
両足浮腫み、H26. 3.22
−両足浮腫み−
(H26. 3.22)
両足浮腫み、H26. 3.22
−両足浮腫み−
(H26. 3.22)
両足浮腫み、H26. 3.28
−両足浮腫み−
(H26. 3.28)
両足浮腫み、H26. 3.28
−両足浮腫み−
(H26. 3.28)
両足浮腫み、H26. 3.28
−両足浮腫み−
(H26. 3.28)
− no file −

 その後、緩やかに萎んで「象の足」に
両足ふくらはぎ、H26. 5. 2
−両足ふくらはぎ−
(H26. 5. 2)
両足ふくらはぎ、H26. 5. 2
−両足ふくらはぎ−
(H26. 5. 2)
両足ふくらはぎ、H26. 5. 2
−両足ふくらはぎ−
(H26. 5. 2)
− no file −

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血糖値が乱降下して危険 (平成26年3月27日)

 今日は昼食前の血糖値が「255」と非常に高かった。ところが、夕食前の血糖値は「40」と非常に低かった。共に生命が危険な数値。
 「200以上」の高血糖状態は「動脈硬化」となり、血管に糖分が付着・堆積し毛細血管に血液が通らなくなって神経障害が悪化する。血行不良を加速する。後発白内障は1日で悪化する。各種合併症を併発する。
 逆に、「50未満」になると「低血糖発作」が起こり、意識混濁し「昏睡状態」に陥る。緊急に「ぶどう糖」を補給しないと「永眠」する。この危険な数値を下回った。
 食事内容が不安定だし、食事間隔が不規則だし。それに前回の数値が悪いと反省して無意識で改善に動く。それで振れ幅が大きくなる。下痢が続いているが、これが低血糖を加速するという指摘もある。
 何時転落するか知れない「生死の淵・縁」を歩いているようだ

 最近の昼食前と夕食前と夕食後の血糖値は
   3/26(水)  x、  x、167、  x、157、 89 −合格−
   3/27(木)  x、  x、255、  x、 40、155 −不合格−


運動制限で血糖値が悪く、筋力も低下 (平成26年3月30日)

 今年2月下旬の入院以降、浮腫み再燃防止の為、運動制限が課せられている。立っている時間も制限されている。血糖値が食前も食後も「200」を越える事が多くなってきた。運動量が減ってミオパチーによる筋力低下も著しい。糖尿病悪化で「後発白内障」悪化による視力定価も著しい
 2月21日(金)入院までは毎日10時間、ダンボールにしがみついて膝屈伸運動をやって、血糖値を抑制して、筋力を維持してきた。

 最近の昼食前と夕食前と夕食後の血糖値は
   3/28(金)  x、  x、156、  x、151、126 −合格−
   3/29(土)  x、  x、118、  x、 83、233 −不合格−
   3/30(日)  x、  x、137、  x、136、257 −不合格−

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背骨が変形して立っているのも辛い (平成26年4月2日)

脊椎変形 1月14日
−脊椎変形 1月14日−
 
 不調の塊だが、「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」の「整形(脊椎)外科」関連が最も辛い「頚椎損傷」は首が潰れ前傾して、首を通っている神経を覆っている膜が破損しむき出しになっている。骨が脆く手術は出来ない。「脊椎・腰椎側弯」は後ろから見ると脊椎が「弓状」に、そして横から見ると「S字湾曲」している。歩けば歩く程歪んでいく。数年前までは毎食後外を歩いていたが、その後「頚椎損傷」が判明し「脊椎・腰椎側弯」も出てきて、まともに歩けなくなった。“ズッシリ”した重力をモロに感じる。
 今は、家では壁や机を伝わって、外では杖を支えに一歩一歩移動。階段も片足ずつで一段一段やっと降りる。やたらに外出出来ない。立っているだけでも背骨や腰が痛む


万能細胞STAP細胞の行方 (平成26年4月3日)

 万能細胞「STAP細胞」が捏造疑惑で揺れているが、本物であって欲しい。俺の場合、もう治療方法が無い。今のままだと難病本体と多数の合併症の両面攻撃を受け、次第に“袋小路”のコーナーに追い詰められて行く。逃れる方法が無く絶望しか無い。免疫力が低下しているので、生存がだんだん厳しくなっている。この数年で急激に「廃人=生きる屍」になって、やっと生きている。

 もう長くは生きられない。自分では1−2年と思う。これが新薬開発や治療方法につながるのなら、「一筋の光明」になる

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不調の種類が多過ぎる (平成26年4月5日)

 既に、ステロイド服用累計が66,000mg(5mg錠剤で13,200錠)を越え、「骨・筋肉・神経・血管・内臓、がボロボロ」で、不調の塊なので、毎日状況を記述しても一巡に1ヵ月以上掛かる。

 現在の合併症は、@筋萎縮症(ステロイド・ミオパチー):低い椅子から自力で立上がれないA糖尿病:血糖値が推定700で毎食後3時間ウォーキング、B高脂血症、C動脈硬化症、D高血圧症:血圧230、E狭心症、Fブルガダ症候群:突然死の心電図、G不整脈(心室性期外収縮)、H骨粗鬆症:4年連続腰を圧迫骨折I頚椎損傷:首が潰れ前傾&神経むき出しJ脊椎・腰椎側弯:脊椎が“弓状&S字”湾曲K頚椎症性神経根症:頚椎損傷の影響で左腕に激痛・劇痺れ・麻痺&他不快な症状、L白内障&後発白内障、M慢性腎臓病N両腎軽度萎縮、O通風、P皮膚癌(基底細胞癌)、Qアスピルギルス肺炎、R細菌感染症、S胃炎

 他にも「両足浮腫み」や「両足神経麻痺」や「下痢」等病名の付いていない不調も一杯ある。


病院でも不調続出 (平成26年4月21日)

 今回の入院は4月15日(火)から4月20日(日)までの5泊6日で「皮膚科病棟」への短期入院だった。

 骨・筋肉・血管・神経・内臓がボロボロで、入院当日に外来医師と病棟医師が6名大挙して病室を訪れた時も「ステロイド性廃人」で「自宅軟禁」の「終身刑」になっていると訴えた。合併症を20種類抱えているし、歩けば歩く程、脊椎が変形して、この病院に転院して以降、身長が8年で6cm縮んでいると
 今回は1日中必死に運動しても血糖値がずーっと200以上と悪く、他にも不調が続出し「もう絶望だ!」と担当看護婦Aさんに泣きついてしまった。懸命になだめてくれた。

 食事は入院当日の昼食は従来の「糖尿病食」だったが、夕食から「腎臓病食」に変更した。これが血糖値を悪化させたようだ。「腎臓病食」は蛋白質を抑制するので、同じカロリーを維持するために、糖質と脂質が増える

 入院中の「4検」(各食前と夕食後測定)血糖値は
   4/15(火)  x、  x、 95、  x、 59、162 −合格−
     ※この日4/15(火)の午前10時15分に通常入院
   4/16(水) 80、  x、150、  x、136、222 −不合格−
   4/17(木) 81、  x、157、  x、165、298 −不合格−
   4/18(金) 84、  x、109、  x、122、259 −不合格−
   4/19(土) 78、  x、 89、  x、121、206 −不合格−
   4/20(日) 76、  x、 67、  x、108、154 −合格−
     ※この日4/20(日)の午前9時00分に退院

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両足甲浮腫みは弾性包帯で抑えているが (平成26年4月24日)

 入院して2日目から両足に弾性包帯を巻いている。退院してからも自分で巻いている。弾性包帯が巻ける範囲は甲とふくらはぎ下部のみ。足指は駄目。なのでここは抑えられない。以前から足甲より足指と足裏が最も痛かった。甲の浮腫みは抑えられるが、浮腫み圧力が足指に局部的に余計に加わって焼けるような痛みが続く

 弾性包帯を巻く前 
  (H26. 4.16)
両足浮腫み、H26. 4.16
−両足浮腫み(1)−
両足浮腫み、H26. 4.16
−両足浮腫み(2)−
両足浮腫み、H26. 4.16
−両足浮腫み(3)−

 弾性包帯を巻いた後
  (H26. 4.18)
両足浮腫み、H26. 4.18
−両足浮腫み(1)−
両足浮腫み、H26. 4.18
−両足浮腫み(2)−
両足浮腫み、H26. 4.18
−両足浮腫み(3)−


就寝中に頻繁に左右の脚が麻痺する (平成26年4月26日)

 入院中は起こらなかったが、自宅ではほぼ毎日就寝中の明け方に左右の脚が麻痺する。麻痺は左脚だったり右脚だったりする。痛みレベルは激痛より低いレベル6−8程度で目覚める太腿から先は完全に麻痺していて自力では全く動かない。幸い両脚同時では無いので、麻痺していない方の脚を麻痺している脚の下に潜らせて浮かせて、両手で痛みの少ない位置に動かす。最近は手前に動かして膝を折った状態で回復を待つ。
 今朝(4月26日)も麻痺し今回は右脚だった。日によって程度に差はあるが、今朝は太腿から先が完全に麻痺。時間帯は何時も起床前の7時頃から40分間ぐらい。まだ起こっていないが、「夜間頻尿」と重なれば起き上がれず尿失禁(おもらし)してしまうだろう。8時台の起床時には回復した。

 入院中に連日起これば精密検査を受けられたが、運悪く家でのみ起こる。今年になって入院が多く、家と病院と半々の生活だが、病院では一度も発生していないが、家では半分以上発生。違いは就寝中の脚の筋肉の活性度と推測する。家では「頸椎損傷」を悪化させないため「直立不動」だが、病院では寝返りを打つし途中で何度か目覚める。

 昨年末のステロイドを7.5→20mg増量以降に頻度は倍増している。糖尿病悪化による「神経障害」かもしれない。ステロイド増量と糖尿病で「後発白内障」が一気に進んだが、「動脈硬化」や「神経障害」も進んでいるような気がする。来週の5月1日は「頚動脈エコー検査」で、「動脈硬化」の進行具合を検査する事になっている。


腎臓の悪化は糖尿病より辛い (平成26年5月6日)

 蛋白質の摂取が多いと老廃物が増えて腎臓の負担が増えて、浮腫みが酷くなる。蛋白質は50gに制限されているが、昨日は多かったのかも。今日は体重が50kgを回復して何時もより浮腫みが酷い。体重が増えると浮腫みも増える傾向にある。

 糖尿病だけなら1日中10時間ウォーキングしていれば血糖値は準合格の食後3時間数値で160ぐらいに抑えられるが、腎臓は抑える方法が無い。蛋白質摂取を厳密に抑制すればいいのだが、蛋白質は体を構成する栄養素なので摂取は必要。主食・主菜・副菜みんなに含まれていて、直ぐ摂取制限50gをオーバーしてしまう>。ご飯、パン、麺、肉、魚、卵、豆腐、納豆、野菜、果物、牛乳。玄米の方が精米していない分白米より多く、玄米3食だけで20gになる。牛乳はコップ半分で3.4gになる。蛋白質を抑制すればエネルギー不足になる。
 腎臓内科の先生は「腎臓は一旦悪化したら悪化要因を取り除いても元に戻らない、不可逆性」だと


身長が想像を絶する勢いで縮んでいる(永久保存版)  (平成26年4月27日)

 これについては、あっちこっちで記述しているが、身長が想像を絶する勢いで縮んでいる。入院すると、パジャマに着替えた後、身長と体重を測定する。身長は入院の都度縮んで、今回4月15日入院時は166.0cmだった。発病前の14年前は173.0cmだったし、8年前に今の病院に転院した最初の入院では172.0cmだった。昨年7月入院時は167.6cmだった。この8年で6cm、この1年で1.6cm以上縮んだ事になる。
 「脊椎・腰椎側弯」で脊椎が後ろから見ると「弓状」に変形して首もその延長で右に傾いている脊椎を横から見ると「S字状」に極度に湾曲して、お尻は後ろに飛び出て、お腹は前に、背中は後ろに、そしてその延長で首も前傾している。
 自力で立っているのも辛く、歩けば歩く程、脊椎が歪んで、脊椎の変形を加速している。日増しに歩けなくなってきており、「寝たきり」になるのは時間の問題。そうなったら糖尿病でアウト。
 難病本体も各種合併症も悪い。難病本体は2種類の免疫抑制剤「ネオーラル」と「イムラン」が昨年の5月と12月に相次いで使えなくなって、治療方法が途絶えた。既に、「骨・筋肉・神経・内臓」はボロボロ。生命を左右する爆弾を多数抱えていて、病気の塊、不調の塊、絶望の塊

 入院時の身長・体重の推移は「14.自己免疫疾患、天疱瘡」ページの身長調査、入院の都度どんどん縮むにまとめている。

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食は本来「医食同源」だが(永久保存版)  (平成26年5月14日)

 4月末から自宅でも「腎臓病食」にして「蛋白質50g摂取制限」してから食品成分表を見るようになった。従来摂取していた食品は蛋白質が多い事に気付く。摂取制限2倍の100gぐらい摂取していたと思う。道理で腎臓が悪化するわけだ。
 ハンバーグ、大豆、ごま、豆腐、納豆、牛乳、鶏卵、パン、麺類、等々。例えば、手元にある「そうめん」は100gの一人分で10.2g含まれる。ナトリウムも1.8gと多い。市販ハンバーグ1個で11.3gと多い。納豆は1個当たり(たれ+からしも入れると)8.2g含まれる。1日の摂取制限は50gなので1食では17gが目安。
 主食ではパンや麺類はご飯より蛋白質が多い。今後はパンや麺類は止め、ご飯だけにする。病院食では「腎臓病食」になって朝食時のパンは半分量になり、昼食や夕食時のご飯は低蛋白米だった。

 食は本来「医食同源」で、血となり肉となり骨となり、健康の元だが俺の場合は病気の元で悪化要因になってしまった。「両刃の剣」になってしまった。「糖尿病」と「腎臓病」と「脊椎・腰椎側弯」が悪化する。
 「糖質」を摂取すると血糖値が上昇し、糖尿病が悪化する。「蛋白質」を摂取すると老廃物が増えて、腎臓の負担となって腎臓病が悪化する。更に食後の運動量が10時間以上必要となって、「脊椎・腰椎側弯」が加速する。
 このため身長がどんどん縮んで、自力で立っているのさえ辛い程の「歩行困難」となり「自宅軟禁」の「終身刑」になってしまった。


「神経内科」関連の不調は多い(永久保存版)  (平成26年5月14日)

 「神経内科」関連の不調は多い。「整形外科」関連の次ぐらいに多い。列挙すると、
  @就寝中の両脚の攣り、
  A就寝中の両脚麻痺
  B動作を数秒継続すると両手指痙攣
  Cステロイド・ミオパチー(筋萎縮症)で低い椅子から立ち上がれない
  D手指の血中酸素濃度低下、
  E左脚が曲げ難い、
  F左右の腕が時々震える、
 等々。
 ステロイドを減量すれば少しは改善すると思うが、助っ人となるべき免疫抑制剤が2種類(ネオーラル&イムラン)共使えないのでステロイド減量への道筋・工程表は描けない。

 そして、病院との往復でお尻が濡れる事が多い。便が柔らかく、更に「ステロイド・ミオパチー」で筋力が萎縮・低下しているので、歩いていると肛門の筋肉が緩み便が勝手に漏れ出る。


俺の体は異常の塊(永久保存版)  (平成26年5月23日)

 従来からの異常の概要は難病掲示板のヘッダー部にずーっと記述しているし、それ以外の新規項目はその都度記述しているが、最近特に不調を加速しているめぼしいのを列挙すると、
  @脊椎・腰椎側弯が加速し、日増しに歩行困難になっている、
  A右下肋骨が骨折して1ヵ月半、姿勢により激痛が続いている、
  B筋萎縮症(ミオパチー)で低い椅子から全然立ち上がれない
  C左腕の麻痺が加速し、だるく、物を掴み損ね落下させる事が多い、
  D就寝中にどっちかの脚が太腿から先が完全麻痺
  E手指に力を入れて数秒間動作継続すると痙攣、
  F手指の血中酸素濃度が4月入院以降90−94%に低下、
  G腎臓病が悪化し、両足の浮腫み圧力が異常に強い
  H糖尿病が悪化し、血糖値が乱降下、
  I糖尿病の1ヵ月半平均状態を示す5月20日採血のヘモグロビンA1cが「4.0」と異常に低く有り得ない数値
   (赤血球が壊れて測定不能?)
  J左目視力が日増しに低下、
  K原因不明の内出血が相次ぐ、
  L右手爪のデコボコ続く、人差し指が特に酷く、根元までデコボコ
 と、「異常の塊」。

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ステロイドを減量し、今後は「一時しのぎ」治療へ(永久保存版)  (平成26年5月28日)

 14年前の西暦2000年夏の難病発病以来のステロイド服用累計が前人未到の66,000mgに達し、ステロイド副作用・合併症が酷く、まともな人体機能は残っておらず、「ステロイド性廃人=生きる屍」と化し、このままでは1−2年しか生きられない。再燃間隔が平均1年なのでステロイドの山が数珠つなぎにくっついている。ステロイドが体に殆ど残っている状態で次の大量服用が加わるので副作用が酷い。
 それで、今日からステロイド(プレドニン錠)を20→17.5mgに減量し、「薬で抑えるのは断念し一時しのぎ」治療に移行。想像を絶する副作用の数々で、生活質(QOL)は極度に悪化。生存環境も日増しに悪化。もう薬で病状を抑えるのは無理副作用の種類・程度が前例が無い程酷く、難病本体より桁違いに辛い。「異常の塊」となっていてこれ以上耐えられない。すべての人体機能が悪化しており、現状の悪化速度から推定すると、後1−2年しか生きられない。免疫抑制剤が使えなくなって、もう治療方法は無い。悪化したら最短1−2ヶ月毎に“ガンマーグロブリン=免疫グロブリン静注療法(IVIG)”で凌ぐ事になる。この治療効果は1−2ヵ月持続するが「一時しのぎ」に過ぎない。血液製剤なので「ウイルス感染」のリスクもある。出来る事なら入院治療は半年毎にとどめたい。ステロイド目標は10mgだが、当面は17.5→15.0→12.5mgか。当然、服用量が少ないと病気の強さとのギャップが大きく悪化速度が早いので入院間隔が頻繁になる。10.0mgだと2ヵ月毎ぐらいか。今のままでも地獄、この先も地獄

 通院で少し歩くとお尻が濡れる。4月からずーっと続いている。昨日の通院でも帰路はお尻が濡れた。便は少しは固くなってきたのに肛門の筋肉がゆるいので便が漏れる。時々悪臭が漂っている事に気づく。原因は他に無い。優先順位が低いので気にしないようにして放置する。


闘病生活は新たな段階に、人生の最終章へ(永久保存版)  (平成26年6月1日)

 難病とステロイドと重篤な合併症で俺の一生は終わった。今は希望も愉しみも無く惰性で生きている。ステロイド服用累計は今日で68,000mg(5mg錠剤で13,600錠)を越えた。「前人未到」の服用量。難病の再燃間隔がほぼ1年間隔と短いのでステロイド大量投与の山が数珠つなぎで「鋸波形」になっている。4年前から首が潰れて背骨が変形して、筋肉は萎縮して、神経も内臓もボロボロ。特に「糖尿病」と「腎臓病」が悪い。腎臓は1年前から2cm萎縮しているし機能不全。他にも「異常の塊・病気の塊・不調の塊」で、新たな合併症も生まれつつある。これ以上無い悲惨な闘病生活
 「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」で前屈や後屈が出来なく、日中も就寝中も「直立不動」が基本なのでパンツやズボンの着替えが大変。「筋萎縮症=ミオパチー」で筋肉が萎縮・低下しているので、家の中の移動も杖を支えにやっと。外を歩けば「首カラー」が目立つし、背骨が変形して杖を支えにヨロヨロと歩くので「晒し者」で興味本位でジロジロ見られる。外出は肉体的・精神的にも辛く「自宅軟禁」の「終身刑」
 時間と共に両脚浮腫みが酷くなり夜はふくらはぎに強く触れない。浮腫んだ皮膚が邪魔をするので膝が曲がらない。足首も曲がらない。皮膚の弱い部分は飛び出てくる。浮腫みで焼けるような痛みが24時間続く


ステロイド服用累計が68,000mg突破 (平成26年6月1日)

 平成26年(2014年)6月1日(日)に服用累計が68,000mgを突破した。通常の5mg錠剤では13,600錠になる。年内には70,000mgを突破する。いよいよ前人未到の領域か。益々「ステロイド性廃人=生きる屍」状態が加速する。
 ステロイド服用実績は「17.治療薬、ステロイド&免疫抑制剤」ページの「副腎皮質ホルモン」投与量実績に示している。

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日常生活は制限だらけ(永久保存版)  (平成26年6月7日)

 4−5年前から合併症が急激に増えて、それ以来、年1年と「ステロイド性廃人」が進んで、日常生活は制限だらけになってきた。
 「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」が酷く、常時、首には「首カラー」装着、腰には「腰ベルト」装着両足甲とふくらはぎ下部には「弾性包帯」を巻く家の中も外も、常に杖に縋って歩く。前屈や後屈は禁止。日中も就寝時も「直立不動」の姿勢が基本。ガラガラうがいもラジオ体操も出来ない。背骨が曲がるので重い物は持てない。10kgが限度。買い物や通院はショッピング・カートを引っ張って歩く。就寝時は脚の浮腫みを心臓・腎臓に戻すべく脚を高くして寝る。
 食前には血糖値を測ってインシュリンを太腿に皮下注射する。食事も蛋白質摂取50g制限の「腎臓病食」。食後は段ボールにしがみついて体を浮かせるようにして毎食後3時間の膝屈伸運動が必要。就寝前には血糖値が100未満だと捕食が必要。血糖値が40程度に下がると、意識障害が出て昏睡状態に陥り「永眠」してしまう。外出時は低血糖に備えて「ぶどう糖」持参。
 というように、制限だらけで、各種治療だけで1日が終わる。やっと生きている状態。生活質(QOL)は極めて悪い。歩けば歩く程「脊椎・腰椎側弯」を促進するし、「晒し者」になる。外出は肉体的・精神的にも辛く「自宅軟禁」の「終身刑」


昨年末ステロイド増量での急激悪化ベスト5(永久保存版)  (平成26年6月8日)

 昨年末にプレドニンを7.5→20mg増量以降は生活質(QOL)は急激悪化しているが、この悪化ベスト5は
 @「脊椎・腰椎側弯」が一気に加速し歩行困難
 A「筋萎縮症=ミオパチー」で低い椅子から全然立ち上がれない
 B左腕全体の感覚麻痺が悪化し、だるく、力が入らず、お茶碗を持つのが辛い、物を掴み損ね落下が多い
 C腎臓悪化と両足浮腫みが酷い
 D就寝中の両脚麻痺が激増、今朝も両脚が同時に麻痺していた
 他にも辛い副作用・合併症が増えて5月23日に「俺の体は異常の塊」として記述しているが、この昨年末の入院で免疫抑制剤も使えなくなって、背骨が曲がって、歩けなくなって、糖尿病も腎臓病も悪化して、俺の一生は終わった。免疫力も低下して、次の入院につながっている。あの入院さえ無ければ。


昨日のネットニュースで「アスペルギルス」肺炎が  (平成26年6月10日)

 タイトルは『夏カゼとカン違いしやすい「カビ肺炎」にご注意!、週プレNEWS 6月9日(月)6時0分配信』と、なっている。
 (本文省略)「ほかにもカビによる肺炎は、アスペルギルス、カンジダ肺炎、クリプトコッカスなどもあります。アスペルギルスは重篤な基礎疾患のある人だと、死亡率が50%と高くなります。とにかくカビが生えていたら、カビ取りをすることが大切です」(大谷医師)。
 この「重篤な基礎疾患のある人」とは、まさに俺の事。西暦2000年からステロイドを大量に服用して、免疫力が低下している。俺の肺には昨年2月頃から、この怖い「アスペルギルス」菌が棲息している。今は肺に留まっているが、これが急激に繁殖したら血流に乗って全身に移動し、「同時多発ゲリラ、多臓器不全」となり、生命が危うくなる。

 肺には「アスペルギルス菌」が棲息しているが、口の中には「カンジダ菌」もずーっと14年間棲息している。肺にも移動しているかも知れない。酷い時には舌の裏が真っ白になるし、時として歯茎に白い帯状の塊で付着する。
 自分でも気持ち悪い、得体の知れない体になっている。何度も記述しているが、本当に「異常の塊」だ。そして、どんどん「異常項目」が増えている。

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糖尿病はどんどん厄介になっていく  (平成26年6月11日)

 糖尿病は数多抱える合併症の中では、比較的扱いやすい病気だった。毎日10時間運動していれば、進行は抑えられた。でも今年になってどんどん厄介になってきた。
 食前にはまず、指を穿孔して血糖値を測る。痛い目をしても左腕全体が麻痺しており、特に左手の中指は血が出難くなっている。血の出が悪いと別の指を穿孔する。二度目の時は「再度の失敗は許されない」ので、前回より強く穿孔するので余計に痛む。この時の傷が塞がらないので、次回の穿孔時も指を強く押すと一緒に血が出てくる。
 次に、インシュリンを太腿に皮下注射するが打つ場所が無い。明確に血管が浮き出ている場所は避ける。表面上では血管が無くても血管に刺さる事が多い。血が噴き出る。一度うまくいった場所近辺を集中的に狙うが、1回打つと数日痛みが残る。半年前まではお腹に打っていたのだが、「頚椎損傷」が悪化し、首の前傾ができなくなった。
 腎臓病が悪化して4月中旬以降「腎臓病食」になってから、食事内容は量も質も制限が多くなって、食事間隔も食事量も運動量も不定なので血糖値が一層乱降下する。運動量は毎食後3時間段ボールにしがみついて膝屈伸運動しているが、運動負荷に差がある。で、「山高ければ谷深し」になって、これは非常にまずい。平均するといいのだが。

 昨年末のステロイド7.5→20mg増量以降、糖尿病が急激に悪化し、視力が低下し神経障害が悪化している。


まともな臓器は残っていない(永久保存版)  (平成26年6月13日)

 もう何度も「骨・筋肉・血液・神経・内臓がボロボロ」で「異常の塊」と記述しているが、内臓もまともな臓器は残っていない。「心臓・腎臓・肝臓・膵臓・胃・腸・肺」、と全滅
 もう何年も「整腸剤、ミヤBM錠」を服用しているが、軟便でしかも便の色が薄い。ベージュ色の便。これは脂肪を消化・分解する酵素「胆汁」の量が少ない事を意味している。これは肝臓で作られ、「胆嚢」で保管され、十二指腸に出てくる。
 「肝臓」はいろんな機能が有り、その中に、血液を調整する機能がある。これがおかしい。赤血球が308と異常に少なく、凝固系が少ないのか血が止まり難く内出血が多い。アルブミンが低く、毛細血管から血液が漏れ浮腫み要因になる。


立っているのが辛い、歩くのが辛い(永久保存版)  (平成26年6月14日)

 立っているだけでも重力で背骨が曲がってくる曲がる速度は加速度がついている感じがする。1月から急角度に悪化し、更に5月から一段と悪化した。今年になって2−3段「ギアチェンジ」した感じ。
 毎食後3時間以上、1日合計では10時間段ボールに寄り掛かって体を浮かせるようにして足踏みや膝屈伸運動しているが、段ボールから離れると荷重が掛かり背骨が痛む。4月中旬入院時点で1年で身長が2cm縮んでいるが、今はもっと背骨が曲がって縮んでいる感じ。
 1日中、段ボールに寄り掛かっていられればいいのだが、食事の準備もしないといけないし、立ったままだと両脚浮腫みが悪化するので、奥洋間に置いてあるリクライニング椅子で時々休む。この移動が辛い。


昨年今頃と比較して(永久保存版)  (平成26年6月18日)

 昨年今頃は免疫抑制剤を使える可能性を残していた。夢や希望が有った。昨年5月中旬に免疫抑制剤「ネオーラル」を皮膚科では服用中止して、「腎臓内科」に復活を委ねた。その結果、7月各種検査結果で中止した方が良いとの結論に至った。超音波エコー画像では10ヵ月前と比べ腎臓が約2cm萎縮しており、機能も低下している。腎臓は一旦悪くなるともう元に戻らない。「非可逆性」だと。でももう1種類の免疫抑制剤「イムラン」の可能性を残していた。
 昨年12月入院で12月27日から、ステロイド剤の「プレドニン」を7.5→20mg増量と共に「イムラン」を約8年ぶりに50mg(1錠)で復活した。4日間服用した結果、薬疹でお腹やお尻を中心に真っ赤になり、これで免疫抑制剤は2種類共使えなくなってしまった。
 更にステロイド増量で「脊椎・腰椎側弯」が一気に加速し、それ迄と桁違いに歩けなくなった。「筋萎縮症=ミオパチー」で全然立ち上がれなくなった。そして「糖尿病」と「腎臓病」も一気に悪化した。あの入院さえ無ければ。あの入院で治療方法が無くなって、各種合併症が軒並み悪化し、生活環境・生存環境は一気に悪化した。俺の生命は「風前の灯」になった。あれから更に悪化して、今は夢・希望がついえて「絶望の塊」

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食事もシャワーも辛い  (平成26年6月19日)

 食事が辛いのはアチコチこで記述しているが、シャワーも辛い。シャワーを浴びる時は、「首カラー」と「腰ベルト」を外すので無防備となる。立っても座っても、首と腰の負担が大きい。
 髪を洗う時は片手で顎を支えて前傾を防止するが、支えられない時もある。お風呂の椅子から自力で立ち上がれないので、右手で床を押して反動で立ち上がる。膝周辺の浮腫みが酷く膝が曲がらない。前屈・前かがみが出来ないのでパンツを履くのが辛い


腎臓が悪化し「腎臓病食」になって食べるものが無い  (平成26年6月22日)

 腎臓が急激に悪化しているので、4月中旬の入院時から蛋白質摂取大幅制限の「腎臓病食」になっている。蛋白質は老廃物となるので腎臓の負担が増える。2月頃から日増しに浮腫みが酷くなっている。
 蛋白質は1日50gに制限されているので、1食当たり17gだ。主食の玄米ご飯180g(お茶碗8割)で5g、肉・魚45g(手指4本量)で9g、野菜100g(こぶし大)で1g、残り2gしか無いので他はちょっとずつ。納豆1個で7.8gなのでやりくりして半分がやっと。鶏卵1個は6g。牛乳コップ1杯(200ml)は6.8gになるので一口しか飲めない。味噌汁は1日1回。果物も少ししか食べられない。
 高エネルギー(1800kcal)・低蛋白質(50g)・低塩分(6g)が目標だが、カロリーを摂取しようにも蛋白質がオーバーしてしまう。
 「肉・魚は手指4本分」というと焼肉なら2ー3切れ、刺身も2ー3切れ。これをどっちか。食べる物が無い。温泉探訪やグルメ番組の旅館で出る食卓いっぱいの料理は1割ぐらいしか食べられない。居酒屋での生ビール中ジョッキー数杯と刺身と枝豆はもう無理。居酒屋も本物の生ビールも10年以上ご無沙汰だ。たまには酔っ払いたい。
 「糖尿病」だけなら毎食後3時間以上、毎日10時間運動していれば、血糖値は準合格で緩やかな悪化で済んでいたが、「腎臓病」も悪化して、生存環境は悪い。神は次から次へと苦しみを与え給う。「これでもか、これでもか」と。


糖尿病の低血糖での交通事故  (平成26年7月4日)

 先日来、大阪で相次いで糖尿病の低血糖での交通事故が起きている。血糖値が40くらいになると意識障害が起きる。酷い場合は突然意識が無くなる。以前は血糖値が50台になると「冷や汗・頭痛等」低血糖症状が出て警告してくれていたが、最近は出なくなった。糖尿病になると血糖値が極端に変動する。どこまでも上がり、どこまでも下がる。
 食事間隔が不定で食事量と運動量が不定だと血糖値が乱降下して非常に危険。


外をウォーキング出来る人が羨ましい  (平成26年7月6日)

 4ー5年前頃までは普通に毎食後の3回必ず外をウォーキングしていた。雨の日も雪の日も台風の日も。靴がすり減るので晴れ・曇り・雨で3種類使い分けていた。晴れの日は大きく穴の開いた靴。雨の日は最も新しい靴。朝と昼は荒川河川敷へ。夜は家の近所に四角なコースを設定し周回。真冬の夜は携帯カイロをお腹と背中に入れて。この携帯カイロは帰宅後は密封して翌日に再度使った。
 あれから首が潰れて傾いて(頚椎損傷)、更に背骨が曲がって(脊椎・腰椎側弯)次第に歩けなくなって、外出出来なくなっていった。「自宅軟禁」が始まった。もう元には戻らないので「終身刑」になる。身長は8年前と比べ6cm、1年前と比べ2cm縮んだ。4月中旬入院時の身長は166cmだった。今はもっと縮んでいると思う。
 あれ以来、玄関近くの廊下に段ボールを積んでこの上にノートパソコンを乗せて、これを見ながら、段ボールに寄り掛かって体を浮かせるようにして膝屈伸運動を毎食後3時間以上、毎日10時間実施。テレビは殆ど見ない。毎年「NHK大河ドラマ」のみ。新聞も数年前に購読を止めた。定位置はこの「玄関近くの廊下」。
 あの頃は良かった。夢・希望が有った。治療方法が有った。ステロイドも免疫抑制剤も使えた。こんな悲惨な状況になるとは想像できなかった。今では自力で立っていられない。合併症も年々増え「袋小路」に追い込まれ「絶対絶命」

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昨日の「頭部MRI」検査  (平成26年7月9日)

 受付で問診票記入。10項目ぐらい記入。氏名を記入し、検査経験有に○印を付け、閉所恐怖症有に○印を付け、体重も記入。今朝の体重は51.0kg。
 着替え室で首カラーや腕時計や小銭入れ等金属を全て外し、廊下に出て金属探知機で全身検査し、検査室に入り通院時衣服のままベッドに横になる。
 渡された黄色い耳栓を装着し、頭が動かないように額と顎をベルトでロック。苦しくなったら合図する為のゴム球の通報装置を握る
 白いトンネルのような狭い密閉空間に吸い込まれていく。恐怖心を和らげるためにすぐ目を閉じる
 最初は道路工事の音みたいな“ガーン・ガーン”音、段々音が変わっていく。途中で“ピー・ピー”とアラーム音みたいな音が鳴ったので終わりかな思ったが検査は続いた。
 一時心臓が頻脈でかなりバクバクになったが、その後落ち着いてきた。
 喉が乾いてつばを何度か飲み込む。音がしている時は測定中なので止んでいる時を狙うが測定中も有った。その時は少し頭が動いたかも。
 胸の位置で両手を組んだ姿勢で目を閉じたままで約20分で検査は無事終わった。

 8年前ぐらい前、最初に「MRI」検査を受けた時、何やら恐怖心が出て、呼吸が荒くなり、心臓が頻脈になり、発狂寸前になった。それ以降は“大丈夫!、イザとなったら中断出来るから”と自分に言い聞かせて、何度もこの検査を受けてきた。大分慣れてきたが、それでも恐怖は残る。


両足浮腫みが酷い、歩行困難を加速  (平成26年7月28日)

 両足浮腫みは日増しに悪化している。浮腫みが上に拡大している。太腿もかなりきている。何故だか太腿の裏側に肉の塊が日々成長している。これで膝が曲がらない。
 膝が曲がらないし、足首も曲がらないし、足指も曲がらない。足首が曲がらないと階段の「降り」が困難。「昇り」より「降り」が困難。「降り」は足首を曲げる動作が伴う。しようがないので「降り」時は体を斜めにして左足から1段ずつ降りる。
 最寄り駅は「昇り」はエスカレーターは有るが「降り」は無い。他の駅も同様。家の中にも段差が有って移動し難い。
 「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」と「筋萎縮症(ミオパチー)」と「両足浮腫み」で歩行困難、階段昇降困難を加速


「頚椎損傷」で、シャワーが辛い  (平成26年8月1日)

 シャワー時は「首カラー」を外すので「頚椎損傷」が加速する。立っていてもお風呂椅子に座っても首が前傾して痛む。首の極度の前傾が出来ず、膝も曲がらないので着替えが簡単に出来ない。シャワー後は、胴体や脚や指の軟膏処置が必要。そして弾性包帯を巻く。これらが辛い。それに洗濯ものが増える。
 不調の塊で「ステロイド性廃人=生きる屍」だが、首の不調が最大の「廃人」要因。首の前傾角度と時間に比例して「頚椎損傷」が悪化する。これが悪化したら日常生活が出来なくなる。「整形外科」で一時、“首に金属ボルトを入れ首を起こす”手術を検討したが、骨が脆くて手術が出来ない
 「頚椎症性神経根症」の症状が辛くて生きていかれない。これに比べたら「糖尿病」も「腎臓病」も他の副作用・合併症群も桁違いに楽だ。「頚椎損傷」関連だけで「生き地獄」の苦悩の半分を占める。「頚椎損傷」が余命を左右する

 以前は夏場のシャワーは毎日使用していたが、今は2−3日に1回。昨日31日は28日(月)以来の久しぶりのシャワーを浴びた。

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ステロイドの副作用は想像を絶する(永久保存版)  (平成26年8月3日)

 「これでもか、これでもか」と情け容赦無く、「後から後から」追い打ち。「一難去らずにまた一難」だ。あらゆる機能が許容限度に達して、何でも有りで「ステロイド性廃人=生きる屍」を加速させる。専門医の想像を遥に越える、不調の塊・異常の塊。体の内部から表面まで「骨・筋肉・血液・神経・血管・内臓・皮膚」と範囲が広く、まともな機能は残っていない。
 最もまともに近いのが右腕。それでも指は痙攣するし、腕は内出血だらけ。爪もおかしい。握力も23kgと少ない。
 「糖尿病も重症」なので、毎日10時間以上の長時間、段ボールにしがみついて膝屈伸運動が必要「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」が酷く、日常生活は「直立不動」が基本で、「前傾や前屈や反り」は禁止。床に物を落下しても簡単には拾えない。

 4月以降「腎臓病」が急激に悪化して、蛋白質大幅制限の「腎臓病食」になって食べるものが無い。食事が苦痛。

 自力で立っているのが辛い。家の中でも歩くのが辛い。首の前傾が出来ない。首は不用意に動かせない。腰を曲げた後元に戻す時に骨が外れそうになる。常時「首カラー」と「腰ベルト」と「弾性包帯」装着
 異常の塊・苦悩の塊・絶望の塊横ばいならいいが日増しに生き地獄の底に沈んでいく。どこまで耐えられるか。「首カラー」を装着して、杖を支えにヨロヨロと歩くので、外出は晒し者になる。好奇の眼差しでジロジロ見られる。生き恥を晒す事になる


麻薬で廃人、ステロイドで廃人  (平成26年8月9日)

 麻薬で廃人になるのは周知の事実。30年ぐらい前、「覚せい剤やめますか?人間止めますか?」というCMがあった。常習者の画像で見ると顔つき・目つきが変わってくる。皮膚が変わってくる。恐らく内臓も。昔から警告されているのに一旦手を出すと止められない。これは「自業自得」だ。
 一方、俺の場合、難病で苦しんだ挙句、ステロイドの大量投与でステロイド副作用が酷く廃人になっていく。今では日常生活でも廃人が進む。立っているのも辛く、歩けば歩く程、「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」は進む常に「首カラー」と「腰ベルト」を装着。まともな機能は残っていない。改善の見込みは無い。


急激に老化・廃人が進む  (平成26年8月16日)

 昨年末ステロイドのプレドニン錠7.5→20mg増量で老化が一気に進んだ。更に度重なる検査による放射線被曝が追い討ちを掛けた。「骨・筋肉・血液・神経・内臓・皮膚」が急激に衰えた。急激に廃人が進んだ。年初と今ではすっかり別人になった。
 昨年12月入院前は1日中立っていても辛くなかった。自力で立っていられた。家の中も家の外も歩けた。両脚浮腫みも今とは比べ物にならなかった。低い椅子から少しは立ち上がれた。3年間米国留学されていた元主治医M先生が帰国し病院に戻り、1月に病室を訪れた時「すっかり変わり果てて」とポツリ。それから更に変わり果てた。

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入院時の異常、「溶血性貧血」  (平成26年8月30日)

 今回の入院で判明した新たな合併症「溶血性貧血」は赤血球が溶けて赤血球の寿命が極度に短くなっている。赤血球の寿命は通常3−4ヶ月だが、これが極度に短くこのために糖尿病の血糖状態を示す「ヘモグロビンA1c」が4.1前後と異常に低く測定不能状態になっていた。基準値は4.6−6.2の範囲。
 これに替わる「グリコアルブミン」は15.1で正常範囲だった。基準値は12.3−16.5の範囲。これは短期指標として用いられる。約10日間の血糖状態を示す。「ヘモグロビンA1c」は約1ヶ月半の血糖状態を示す。

 赤血球数も310前後、ヘモグロビン数も10前後と異常に低い。血小板数も13前後で時々異常値となる。酸素や栄養が全身に運ばれない。他にも「異常の塊」なので、このまま放置したらどんな悪影響が出てくるか。

 今後、これがどう悪影響するか不明だが、今分かっているのは酸素が体の細胞に充分に届いていない。手・足の指や耳の酸素濃度が90%と低くアラームが鳴る。これは4月入院時から始まる。という事は「溶血性貧血」は半年継続している。

 溶血とは、赤血球の細胞膜が、物理的または化学的、生物学的など様々な要因によって損傷を受け、原形質が細胞外に漏出して、赤血球が死に至る現象である。血液には白血球やリンパ球など、赤血球以外の血球成分も含まれているが、「溶血」は赤血球についてのみを対象とした用語であり、赤血球以外の細胞の崩壊について溶血という語を用いることはない。
 溶血を起こした赤血球は、あたかも溶けてしまったように細胞としての形や大きさを失って崩壊し、漏出したヘモグロビンによって細胞外の溶液(血漿など)が赤く着色する。溶血前の、正常な血液や赤血球を生理食塩水などに浮遊させた溶液(赤血球浮遊液)は、赤色不透明な懸濁液であるが、溶血を起こすと赤色透明な溶液に変化する。


入院時の異常、「指先血中酸素異常」  (平成26年8月31日)

 入院すると朝・昼・夕の3回の検温タイムに体温と血圧と手指先の酸素濃度を測る。前回4月の入院でも手指先の酸素濃度が93−90%と低く、時々アラームが鳴っていたが、今回は更に酷かった
 指を洗濯はさみみたいなもので挟むと数秒で酸素濃度が表示されるのだが、音をモニターしていると音も数値も下がっていき、90%になるとアラームが鳴る。そうすると深呼吸を求められ92%ぐらいに回復する。今回は90%ぐらいの確率でアラームが鳴った。測定の条件が整わず表示が出てこない時もあった。
 2月の入院時は100−97%だったのと比べると様変わり。各種異常が加速している。

 この原因はどうやら「溶血性貧血」だったようだ。「溶血性貧血」で赤血球の寿命が極度に短く、赤血球がフル生産で造っても造るそばから破壊されて酸素が各細胞に届かず、二酸化炭素が回収されず、こういう異常状態が半年もの長期間放置されて、他にどんな問題を生じるか。中には「非可逆性」で悪化要因を取り除いても元に戻らないのもある。

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悲惨!膝を上げると連動して上体が前傾(永久保存版)  (平成26年10月27日)

お腹斜め H26.10.05
−お腹斜め H26.10.05−
 
 膝を高く上げるとこれに連動して上体が前傾する。膝を上に上げれば上げる程上体が前傾する。前進してもしなくても。歩行で交互に脚を動かすとそれに同期して同じリズムで上体が前後に揺れる。左右にも大きく揺れる。そして、どんどん背骨が曲がって、首が損傷していく。片手で顎を支えて歩く。身長が1年で2cm縮んでいる。
 こんなヒトはどこにもいない。もう人では無い。人間を止めてしまった。ステロイド性廃人=生きる屍。こんなのは「序の口」。どこもかしこも異常の塊。

 画像は今月4日深夜に上体を斜めから撮ったもの。背骨が極度に曲がっている。横から見ると極度に「S字」変形。首が倒れて、背中が後ろに、お腹は前に、お尻は後ろに飛び出ている。お腹はかなり天井を向いている


一人歩きする糖尿病  (平成26年10月31日)

 糖尿病を併発して8年。ステロイド副作用なのだが、年月を経過して一人歩きしてきた。早いうちにステロイド減量出来れば「一過性」だったのだが。ステロイド服用量が同じ12.5mgでも2年前や5年前と比較すると血糖値が違う、必要運動量が違う。右肩上がりで悪化している。
 更に今年から腎臓が悪化して蛋白質摂取制限が課せられ、そのカロリー不足分を糖質と脂質で補うので糖質が増加し血糖値が悪化する。
 この分ではステロイド5mgになったとしてもインシュリン皮下注射が必要、毎食後1時間程度の運動が必要。という事は生涯、食事療法・運動療法・薬物療法が必要という事。

 昨日は昼食前の血糖値が193と高く、これを正常値に下げるのに1時間以上の追加運動が必要なので、結局昼食は食べなかった。


頚椎損傷による制限(永久保存版)  (平成26年11月2日)

 「頚椎損傷」で首が45度に前傾している。このため常時「首カラー」を装着して前傾を抑えている。首を強く動かすと骨が移動し首の中に走っている神経に触れて辛い症状が出る。首を不用意に動かせない。首は最大の廃人要因で日常生活は制限だらけ。首を支えるのに腕が1本必要。首の前傾も反らせるのも禁止
首のMRI画像 H25.10.29
−首のMRI画像 H25.10.29−
 
 首を前傾すると首の損傷が加速する。浴槽を洗って入浴したら2回連続で翌日は朝から目がグルグル回って起きていられず食べられずで1日寝ていた。今月の1回を含め合計6回発生。毎回、苦しくて声を出して泣いた。でも泣き声が周辺に漏れるので声を出せない。管理人から俺の部屋からうめき声がすると言われた。

  ・インシュリンをお腹に打てない、太腿に打つ
  ・軟膏処置時にお腹を見れない、鏡に映して治療する
  ・落下した物を拾う時や45度以上前傾時は顎を支える
  ・歩行時は段々前傾してくるので顎を支える
  ・浴槽に浸かる時は両手で顎と額を支える、でもウトウトすると顔が水没
  ・目薬点眼時は首を反らさず上体を斜めに傾ける
  ・ラジオ体操やガラガラうがいが出来ない

 この画像は1年前の首のMRI画像。真ん中に走っているのが神経の束。これを覆っている膜が頚椎#5ー6で損傷している。


脊椎側弯による制限(永久保存版)  (平成26年11月2日)

お腹斜め H26.10.5
−お腹斜め H26.10.5−
背中斜め H25.8.4
−背中斜め H25.8.4−
 
 常時、首には「首カラー」、腰には「腰ベルト」を装着して変形を抑えている。重力を一身に受ける。重力が背骨に重くのしかかってくる。立っているのも辛い。身長が1年で2cm縮む。歩けば歩く程悪化する。腰を曲げると骨が外れそうになる。常に「直立不動」の姿勢。糖尿病が悪いので10時間以上の膝屈伸運動。手術が出来ないので「自宅軟禁」の「終身刑」

  ・歩行に杖が必要
  ・歩行時は段々前傾してくるので顎を支える
  ・重い物が持てない
  ・重いリュックも背負えない
  ・前屈・後屈・反りが出来ない、「直立不動」の姿勢

 この画像は以前に撮ったお腹を右斜めからと背中を右斜めから撮ったもの。常に傾いている。


年々合併症が増えて生活制限が増えて(永久保存版)  (平成26年11月5日)

首カラー装着状態 H26.10.13
−首カラー装着状態 H26.10.13−
 
 この5年は、年々合併症が増えて、定期受診科目が増えて、生活制限が増えている。今年になって急激悪化。1年前に戻りたい。5年前に戻りたい
 骨・筋肉・神経・血液・内臓・皮膚がボロボロで、まともな機能は残っていない。左腕も麻痺している。日常生活は「制限だらけ」。食事も「糖尿病」と「腎臓病」で制限だらけ。
 常に「首カラー」と「腰ベルト」を装着し、「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」を悪化させないように「直立不動」で顎を支えてヨロヨロと歩く

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最近、血糖値が悪い  (平成26年11月9日)

 現在のプレドニン量は12.5mg、インシュリン接種量は昼8単位、夕6単位。ちゃんと、インシュリン皮下注射して、「腹八分目」の食事制限して毎食後は3時間以上も膝屈伸運動しているのに、血糖値が悪い。何もしなかったらとんでもない数値になる。食前の血糖値が悪いと食事を後にずらして数値に応じて運動を追加する。食前の血糖値が200以上だと1時間ぐらい追加運動する。通常でも毎食後3時間以上なので4時間以上の運動。そしてその分就寝時刻もずれていく。今日は深夜・未明2時まで運動が必要。毎日何もしないで虚しく時は過ぎていく。

 最近5日間の血糖値(昼食前・夕食前・就寝前の3回)
  11/ 4(火) xx、 xx、113、 xx、167、136 −合格−
  11/ 5(水) xx、 xx、102、 xx、 99、200 −不合格−
  11/ 6(木) xx、 xx、126、 xx、 87、114 −合格−
  11/ 7(金) xx、 xx、189、 xx、114、159 −準合格−
  11/ 8(土) xx、 xx、223、 xx、189、135 −不合格−


悲惨!床に物を落としても拾えない(永久保存版)  (平成26年11月9日)

 「頚椎損傷」と「脊椎・腰椎側弯」が悪いので、前屈・後屈・反りが禁止で「直立不動」での日常生活が基本。左腕・左手が麻痺しているので普通の人より物を床に落下させる事が多い。でも緊急時以外は拾わない。危険な物とか高価な物とかは無理して直ぐ拾うが。
 物を拾う時は首の負担を少なくして顎を片手で支える。腰も曲げた後、元に戻す時に骨が外れそうになる。しゃがんで拾ってもミオパチー(筋萎縮症)が酷く自力で立ち上がれない


カリニ肺炎とアスペルギルス肺炎  (平成26年11月18日)

 8年前に大量ステロイドと免疫抑制剤服用で極度の免疫力低下で「カリニ肺炎(ニューシスチス肺炎)」になった。今は「アスペルギルス肺炎」が驚異になっている。喀痰が取り出せないので「アスペルギルス菌」は検出されていないが、「アスペルギルス抗原」反応は陽性に転換した。「カリニ肺炎」は治療方法があったが、「アスペルギルス肺炎」は画期的治療方法は無いみたい。治療方法はあるものの黴菌には効き難く、予後が悪いという。なので死亡率が50%以上と高い。


両足がひび割れて痛む  (平成26年11月26日)

 首が前傾して脊椎が変形して、筋力が低下して歩き難いが、足裏が痛み一層歩き難い。両足裏がひび割れて血が滲んでいる。両足裏の肉が薄くて骨に当たる右足裏奥深くに魚の目がある
右足裏、H26.11.26
−右足裏、H26.11.26−
 

 この画像は右足裏後ろの部分。

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生存環境は他人が想像するより桁違いに悪い(永久保存版)  (平成26年11月28日)

 その都度、辛い状況を記述しているが、他人には伝わらないと思う。理解出来ないと思う。専門医でさえ理解出来ない状況。人体機能は殆ど残っていない。内臓も殆ど悪い
 首と腰が最も辛い。首が潰れているので首を不用意に動かせない。背骨が曲がって自由に歩けない。なので、常時「首カラー」と「腰ベルト」着用。そして、「前屈・後屈」は禁止で「直立不動」が原則
 食事は蛋白質とカロリー制限が必要。毎食後3時間の運動が必要。ミオパチーで低い椅子から自力で立ち上がれない
 生存環境は悪化の一途。10日ぐらい前から立っているだけで腰が痛む。こんな状況で生きていくのは辛い

 頭はカサブタが出来るので、日増しに髪の毛が減ってツルツルに。


糖尿病は楽な方だけどかなり辛い  (平成26年12月9日)

 合併症は20種類抱えているが、その中で糖尿病は中ぐらいの辛さ。治療は、食事療法、運動療法、薬物療法、とフルコース。食事療法は「腹八分目」で1食は600Kカロリーに摂取制限。勿論、間食は禁止。運動療法は毎食後3時間以上の運動薬物療法は食前にインシュリンを皮下注射する。通常はへそ周辺に打つのだが、首が悪化して首の前傾が出来なくなり今年から太腿に打っている。皮膚表面の静脈を避けているが、ほぼ毎回血管に刺さり出血する。
 今年になって「低血糖」が続出する。50台は当たり前。酷い時には30台に低下し、発作寸前の危険な状況。低血糖症状が出ず、測定してビックリ。突然、意識不明になってバタリと倒れる危険がある。
 更に、糖尿病の合併症もいろいろ出ている。動脈硬化と血行不良と霜焼けと脚の麻痺と後発白内障と。
左太腿、H26.12.6
−左太腿、H26.12.6−
 

 この画像は、11月28日にインシュリン注射した痕。直径5cmに拡大。まだ痛む。


今日の「整形外科」の診察結果  (平成26年12月11日)

 今日は雨との予報だったが、往路は小雨で帰路は曇りで助かった。雨が降っても傘をさせない。片手で杖をつき、片手で顎を支えて歩くので傘をさせない。今日は薬が無いので通院用具一式はリュックサックに入れて通院。皮膚科の場合は薬がどっさり出るのでショッピングカートを引っ張って歩く。残った片手で杖をついたり顎を支えたり交互に腕を活用。雨が降っても傘なんてとてもとても。

 今日もレントゲン8枚。まず胸2枚、次に首4枚、最後に寝転がって腰を2枚。

 整形外科は問題点山積みだが、手をこまねいて、指を加えてみているだけ。定期的に首と腰のレントゲンを撮影し悪化を確認するのみ
 最大の廃人要因となっている首が潰れている件は手術してボルトを入れても、骨が脆いので、土台が崩れて、却って状況は悪くなる。

 診察では首と腰の不調を訴えた。首を不用意に動かせない。気持ち悪くなる。床に物を落下させても簡単に拾えない。お風呂を洗ったり首を酷使すると翌朝は起床時から1日中目がぐるぐる回って、気持ち悪く、立っていられない、起きていられない、辛くて毎回号泣する、と。これは2年前の12月10日以降6回発生。最新では今年の10月11日。歩行困難も加速。他にも整形外科関連だけで枚挙にいとまが無い。
 廃人で異常の塊で状況は悪化の一途、生きているのが辛いと。もう自殺の用意はしてあると伝えた。担当医は同情を示しても策は無い。手術は無理。診察室出口まで見送ってくれた。


難病だけならどんなに楽だか  (平成26年12月12日)

 難病を発症すると精神的ショックが大きいが、難病だけなら日常生活に制限が少ないので俺にとっては「極楽」生活だ。合併症の方が桁違いに辛い。世間では「糖尿病になったらアウト」と言うが、合併症が糖尿病だけならどんなに楽だか。例え、糖尿病が重症でも。例え、糖尿病で脚を切断しても。糖尿病で脚が壊死して切断する人は多いが。


悲惨!首を急に動かせない(永久保存版)  (平成26年12月13日)

 昨日は夕食後から気持ち悪くなった。年間3−4回気持ち悪くなる。首が潰れているので、首を急に動かしたり前傾姿勢が多くなると気持ち悪くなる酷い時は1日中目がグルグル回るのと気持ち悪さで起きていられない。首を動かすと何かと擦れる音がする。こんな状態で生きて行くのは辛い。今日はなんとか生活出来た。

胸部レントゲン画像 H26.12.11
−胸部レントゲン画像−
(H26.12.11)
 
 この画像は昨日の「整形外科」診察前に撮影した「胸部レントゲン」画像。背中が丸まっている。これには頚部は写っていないが、これも45度に前傾している。


年々合併症が増えて生存環境が悪化して  (平成26年12月14日)

 日常生活は「骨・筋肉・神経・血管・血液・内臓・皮膚」が異常で、制限だらけで辛い事だらけ。生活質・生存環境は年々悪化。「整形外科」関連が最も酷い。行動が著しく制限される。
 一体何を愉しみに生きたらいいのか。今最も愉しいのは寝る事。睡眠薬「レンドルミン1錠ちょっと」で平均5時間眠れるのが有難い。起きていると辛い事が次々に襲ってくる。次に愉しみは朝食後のレギュラー・コーヒーを飲む事。食事は制限だらけで、その上食前の血糖測定とインシュリン皮下注射と食後の3時間運動が必要なので食べない方が楽だ
背中状態 H26.12.9
−背中状態 H26.12.9−
背中状態 H26.12.13
−背中状態 H26.12.13−
 

 画像は今月9日夜と13日夜の背中上部状態。背中上部から中央に掛けて小さな炎症(赤いブツブツ)が無数に出ている。背骨が「弓状」に曲がっている首もその延長で右に曲がっている

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皮膚から骨まで、頭のてっぺんから爪先まで異常  (平成26年12月18日)

 全身異常の塊、まともな人体機能は残っていない。人間リタイア。末期症状もいろいろ。俺にとって些細な異常も一般人にとっては一大事。異常が複雑にからみあってちょっとやそっとでは改善しない。寒さや乾燥や静電気が一層悪化させる。
右指爪 H27.12.12
−右指爪 H27.12.12−
 
 この画像はそんな些細な異常の一つ。右手爪の異常。春から人差し指と薬指の爪が剥がれて異常が始まり、今では5本全部おかしい。10日ぐらい前から中指と小指が先端から1割ぐらいの位置に白い線が浮かび爪が割れている。


今日の「呼吸器内科」の診察結果  (平成26年12月19日)

 今月16日(火)に採血した雑菌繁殖の指数「ベータDグルカン」は33.0→40.1と悪化した。どのくらいから「イエローゾーン」か?尋ねたら40は既に「イエローゾーン」だと。続いてどのくらいから「レッドゾーン」か訪ねたら、いろんな菌が含まれているので一概に言えないと。そして、診察中に緊急に胸部レントゲンを2枚撮った。左胸(画像では右)中央に白い影がかなり鮮明に写っていた。今までは出ていなかった。次回はCTを撮る事になった。骨へのダメージが大きく歩行困難が加速するのでずーっと拒否していたが。
胸部レントゲン H27.12.19
−胸部レントゲン H27.12.19−
 
 今月11日(木)の「整形外科」で撮影した胸部レントゲンでも白い影が写っている。横向きの画像に胸中央に白い影が写っている。後で気づいた。
 ステロイドを減量しても、この数値は上昇している。この1年半は10から20の範囲で推移していた。これが急に上昇してきた。何度も記述しているが、治療方法は無いに等しい。黴菌には効き難いという。死亡率は50%以上と高い。

 春以降、副作用が急激に悪化し、もう長く生きられないと観念して「終活」を開始しているが、合併症が牙を剥いてくる。刺客が次々に待ち構えている。余命は1年ぐらいか。外堀はどんどん埋まっていく。コーナーに追い詰められていく。今日も涙が滲む。


現在の「アスペルギルス肺炎」の症状  (平成26年12月23日)

 雑菌繁殖の指数「ベータDグルカン」は22.3→31.9→33.0→40.1と夏以降上昇を続けている。様子見をしている間に“イエロー・ゾーン”に突入している。現在の症状は咳と痰が増えた。それに目が腫れぼったい。この菌は空洞に住み着き増殖するという。肺や目のくぼみや副鼻腔等。そして各臓器に侵入する。
 治療方法が無いに等しいので予後が悪く死亡率が高い。このまま上昇を続ければ来年末は生きていられないだろう。来月は30に下がれば一安心なのだが。


世間と隔絶して生活、悪化の一途(永久保存版)  (平成26年12月27日)

 服用累計70,000mg(14,000錠)の大量ステロイドとステロイド・パルスで合併症の塊・異常の塊で「生きる屍」になって、首が潰れて、首を不用意に動かせなく、前屈・後屈も禁止。脊椎(首と胸と腰)が変形して歩行困難で、杖に縋ってやっと歩く。低い椅子やしゃがんだ姿勢から全く立ち上がれない常時「首カラー」装着なので、外出すると晒し者になる
 腎臓が悪いので蛋白質摂取制限。糖尿病が悪いので何かに掴まり毎日10時間の運動が必要。家の中の移動もやっと。滅多に外出しないしテレビも見ない。新聞・雑誌も購読していない。食事も苦痛で、生きていても愉しみは無く、生きている意味が無い。この1年は生存環境も生活質(QOL)も悪化の一途だった。改善が無理としてもせめて横ばいならいいのだが。

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先程お風呂で眩暈で半分倒れた  (平成27年1月2日)

お風呂で眩暈で倒れ便失禁 H27.1.2
−お風呂で倒れ便失禁 H27.1.2−
 
 夕食時は缶ビールを1本飲み、その後2時間ぐらい経って入浴した。浴槽の44℃湯音に20分ぐらい浸かってから立ち上がったら眩暈で気持ち悪く立っていられなくなり、一旦お風呂椅子にしゃがみ、その後浴槽の縁にお尻を乗せて前かがみで腰掛けていたが回復せず、意識朦朧で無意識のうちに浴槽を背にして浴槽を横切る形で腰と頭でブリッジして仰向けになった。そして、一時意識を失った
 5−6分ぐらいで意識を回復し、気持ち悪さも回復した。その時、自分は今どういう状況で何をしているのか分からなかった。状況を思い出し、髭を剃ろうとして立ち上がって振り返ったら、浴槽の縁が茶色に染まっていた。うんちだった。その下の床を見たら高さ5cmの円錐形の茶色い物体が。うんちの本体だった。
 最近は軟便が続いていたが、これはかなり硬かった。脱水症状。ガーゼで掴んでも崩れなかった。縁に腰掛ける前、お風呂椅子から立ち上がる時にふんばった時に出たらしい。その前に尿失禁もあった。

 このうんちは寝間着に着替えた後、お風呂椅子の上に紙を敷きガーゼ毎置きデジカメに記録した後うんちだけトイレに捨てた。

 次の「循環器内科」診察時にこれを伝えたら「のぼせ」だろうと。44℃湯に20分は長すぎると。でも血行不良が酷く体が暖まらず浴槽から出られない。


食事も苦痛、生活質が悪く生きて行くのは辛い(永久保存版)  (平成27年1月7日)

 糖尿病が悪いのでカロリー摂取制限、腎臓病が悪いので蛋白質摂取制限、で質・量共に制限で食べる物が無い。1日の摂取はカロリー1800K、蛋白質50g、塩分6g。ご飯はお茶碗に7−8割。肉・魚は手指4本分量なので秋刀魚なら4分の1匹しか食べられない。鯵なら2分の1匹。
 食前には血糖測定しインシュリンを太腿に皮下注射する。血糖測定は専用針で指を穿孔するが痛みを感じても血が出ない。5−6回穿孔してやっと血が出る。インシュリンを太腿に皮下注射するが、皮膚表面に浮き出ている静脈は避けて注射するが7割ぐらいの確率で中に隠れている静脈に刺さり血が出てくる。時々内出血する。血糖値が高いので食事は立って運動しながら食べる。こんな「粗食」でも食後は段ボールに寄りかかったり椅子に座って首と腰の痛みに耐えて3時間半の運動が必要
 各種制限が多いので食べずに寝ていた方が楽だ。1日に必要な栄養分を錠剤で摂取した方が楽だ。世の中から食事なんか無くしてしまえ。

 首が潰れて自由に動かせない脊椎が変形して自由に歩けない。内蔵も殆ど悪い。皮膚から骨・筋肉・神経・血液・血管・内臓まで、頭のてっぺんから爪先まで異常。生活質(QOL)が悪く、生きていても辛い事だらけで、愉しみが無い。最も愉しみなのは寝る事。朝が来なければいい。


今日の通院で、「アスペルギルス肺炎」検査  (平成27年1月13日)

 2年前に、発症した「アスペルギルスらしき肺炎」は、原因菌が特定されず、まだ明確な症状は出ていないが、先月の「整形外科」でも「呼吸器内科」でも胸部レントゲンで白い影が写るようになった。今までは「CT」には写っていたが、「レントゲン」には写っていなかった。「レントゲン」は「CT」に比べ精度が低いので、これに写る時は相当悪化している証拠と聞かされてきた。予後が悪く死亡率が50%以上と危険な肺炎。今日の通院では、詳細の状況把握のため「胸部CT検査」を実施した。骨へのダメージを考慮して1年拒否してきたが。
 そして喀痰を2検体提出と言われていて、起床時やっと取り出した1検体を提出したが「O先生から大事な検査だと連絡が来ている、2検体を」と。今日は1日中病院なので粘って採取し、帰宅までにもう1検体提出する事になった。
 時々、痰が喉に上がってくるが、これをうまく取り出せない。以前、痰を取り出すためにネプライザー噴霧器で生成する蒸気を吸っても唾液しか出なかった。今日最後の「胸部CT検査」が終わった後、椅子に腰掛け深呼吸してみたが「やはり無理だ!」と判断し、事情を説明しようと検体受付に向かったが、その手前10mぐらいの所に来たら痰が少し出てきたので前かがみになって少し吐き出した。殆ど唾液だが、少しは痰が含まれている筈。これでやっとギリギリで2検体提出。

 昨年2月の採血で、この「アスペルギルス抗原」検査が陽性になった。インターネットの記述をそのまま紹介すると、
血清中の可溶性「アスペルギルス抗原」検査

■臨床的意義
・アスペルギルス感染症の中でも最も予後不良な疾患は、侵襲性アスペルギルス症です。
・癌などの化学療法による好中球減少症の患者や臓器移植患者、副腎皮質ステロイド剤の大量長期投与中などの患者に発症しやすいです。
・一般に、診断には喀痰からの菌の分離、培養、または、病理組織学的証明が必要ですが、侵襲性アスペルギルス症の早期診断は困難であり、治療が遅れると致死的経過をたどる予後不良の疾患です。
・本検査は、血清中の可溶性アスペルギルス抗原(ガラクトマンナン)を検出するもので、アスペルギルス属に高い特異性を有しています。

■異常値を示す主な疾患・状態
・異常値:侵襲性アスペルギルス症

植物鉢や生花にはこの原因菌が潜む

今日の「呼吸器内科」の「アスペルギルス肺炎」診察結果  (平成27年1月23日)

 胸部CT検査は芳しく無く、ベータDグルカンも33.0→40.1→44.5、と引き続き悪化。痰検査は殆ど唾液で肺内部からの痰で無いので目的菌を検出出来ず。
 来週の皮膚科入院時に「気管支鏡」検査を受ける事になった。「気管支」に内視鏡を入れ、中から検体を取り出す、これはかなり苦しい検査。ここで採取した検体を培養して菌を特定する。

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入院中、超低血糖が頻発  (平成27年2月1日)

 入院中、連日朝食前の血糖値が40前後の低血糖になった。毎日緊急処置として朝食前にブドー糖10gの水溶液を飲んだ。そうすると、血糖値は30分後には40程度上昇する。夕食前のインシュリン単位を6→4→2と減量しても続く。退院予定日の朝食前の血糖値が「86」と初めて合格だったので予定通り退院した。もしこの血糖値も低血糖値なら退院を延長するところだった。普通、血糖値が30台に低下すると意識不明の昏睡状態に陥る。「睡眠」中にそのまま「永眠」となる。
 自宅では朝食前の血糖測定はやっていなかったが、今後は起床時に血糖測定し低ければ何か捕食する事になった。更に、就寝前の血糖値が150未満の場合は何か捕食する事になった。毎日が「生死ギリギリ」の瀬戸際で生きているのを実感。

 入院中の血糖値一覧
   1/26(月)  x、  x、103、  x、100、114 −合格−
   1/27(火) 43→140、 x、102、  x、 70、141 −合格−
    この日からインシュリン単位は朝食前0、昼食前8、夕食前は6→4単位に
   1/28(水) 36→ 58、 x、 95、  x、157、216 −不合格−
   1/29(木) 55→ 95、 x、 86、  x、142、143 −合格−
    この日からインシュリン単位は朝食前0、昼食前8、夕食前は4→2単位に
   1/30(金) 38→ 79、 x、119、  x、124、182 −合格−
   1/31(土) 43→ 86、 x、 93、  x、178、229 −不合格−
   2/ 1(日) 86、  x、128、  x、105、  x −合格−


入院中、「気管支鏡」検査  (平成27年2月3日)

「気管支鏡」検査日程表、H27. 1.29
−「気管支鏡」検査日程表−
(H27. 1.29)
 
 1月29日(木)午前10時過ぎ、「気管支鏡」検査を受けた。これは今回の入院で最も重要なイベント。難病本体の治療より大事。内視鏡を口から入れて肺(気管支)まで到達。内部観察・洗浄・検体取り出し・生検を行った。
 この日、起床後6時半に通常の薬一式を服用し、朝食を食べず、点滴をして、連絡を待つ。10時過ぎに検査室からコールが有ってから、お尻に筋肉注射をして、看護婦さんの押す車椅子で内視鏡検査室へ。ここで20−30分、呼吸に合わせて麻酔剤を吸い込む。麻酔が効いてくると、ベッドに横になり、目隠しされ、マウスピースを口に加える。左腕は点滴のまま、右腕に血圧計を巻き、左手人差し指で酸素濃度をモニター。口から内視鏡を入れて行く。大きな呼吸を要求されこれに同期して気管支に入っていく。
 この検査で、黒い塊を捕捉した。誤嚥性では無く「黴」っぽいという。まだ取りきれずに残っている。後は治療で処置する。そんな会話が聞こえてきた。取り出した検体は培養してから菌種類を特定する。
 この検査が終わって2時間経った13時過ぎに水を一口二口ゆっくり飲んで正常に飲めたので「食待ち」特別食のおにぎり2個他を食べた。

 というように、俺の肺には怖い黴菌が棲息しているので、退院して自宅玄関に入るのにマスクは二重に完全武装した。そして玄関を開けたままベランダ側の窓も開けた。台所へ行って鍋で熱湯を沸かし、流し台と排水溝を熱湯消毒した。残飯が少しでも残っていて水分が有ると黴菌が繁殖する。室内の黴菌を少しでも外に排出し、新たな黴菌を抑えるため。


入院中、「腎臓エコー」検査  (平成27年2月4日)

 入院翌日の1月27日(火)の16時過ぎ、「腎臓エコー」検査を受けた。1年8ヶ月前(平成25年5月)の同じ検査で、その7ヶ月前のと比べ左右腎臓が2cm萎縮しているとの指摘を受けていたので進行を見るためのもの。
 その結果、左右腎臓の大きさは前回と同じで、萎縮は止まっている。腎臓は通常より小さくなっているが、そのぐらいの人は他にもいるとの事だった。


入院時測定、身長が1年で2cm縮む(永久保存版)  (平成27年2月5日)

 今回の身長は165.3cmだった。8年前は172.0cmあったのに。1年半前の平成25年7月10日の入院時は身長167.6cmだったので、最近は1年で2cmという恐るべき速度で脊椎が曲がって身長が縮んでいる。日増しに歩行困難になっている。そのうち160cmを切って寝たきりになるだろう。そうなったら糖尿病の高血糖でアウト。

 入院時測定の最近の数値
  ・平成25年 7月10日 身長167.6cm、体重51.70kg 基底細胞癌(皮膚癌)除去手術
  ・平成25年12月20日 身長167.0cm、体重48.50kg 「天疱瘡」で緊急入院
  ・平成26年 2月21日 身長166.6cm、体重51.90kg 「蜂窩織炎」で緊急入院
  ・平成26年 4月15日 身長166.0cm、体重52.35kg 「天疱瘡」でガンマー・グロブリン治療
  ・平成26年 8月21日 身長166.0cm、体重51.60kg 「天疱瘡」でガンマー・グロブリン治療
  ・平成27年 1月26日 身長165.3cm、体重52.00kg 「天疱瘡」でガンマー・グロブリン治療


左足裏の肉が減って歩行困難を加速  (平成27年2月14日)

 何故だか、左足裏の踵近くの外側の肉が減って歩くと痛む。左足はつま先を軽く接地するのみ。なのでびっこをひいて歩く。これに首が潰れて背骨が変形しているので余計歩き難い。体が左右に揺れる


右手指爪がずーっとおかしい  (平成27年2月17日)

 左手指は大丈夫なのだが、右手指爪が5本全部おかしく、特に親指と人差し指根元がデコボコになって全体が膨らんで黄色で押すと痛む。やがて剥がれるだろう。人差し指は昨夏以降2回剥がれている
 剥がれる直前なので、力が入れられず苦労する。内服薬の錠剤を取り出すのに苦労する。睡眠薬を半分に割ったり適度の大きさに割るが、中々割れず苦労する。又、先週スマホを買い、裏蓋を開けてSIMカードとマイクロSDカードを取り付けたが、この裏蓋を開けるのには溝に右手親指爪を入れて力を入れて開けるのだが、休み休みで2時間ぐらい掛かった。しかも何度も試みたのでこの溝が爪が当たってデコボコになった。

 右手の親指と人差し指を中心にして最近の状態。
右手爪、H27. 1.10
−右手爪、H27. 1.10−
右手爪、H27. 2. 7
−右手爪、H27. 2. 7−
右手爪、H27. 2.12
−右手爪、H27. 2.12−
右手爪、H27. 2.14
−右手爪、H27. 2.14−
右手爪、H27. 2.17
−右手爪、H27. 2.17−


右手親指爪が剥がれた   (平成27年3月14日)

右手親指爪が浮いてきた、3.10
−右手親指爪が浮いてきた−
(H27. 3.10)
右手親指爪が剥がれた、3.22
−右手親指爪が剥がれた−
(H27. 3.22)
 
 遂に右手親指爪が剥がれた右手人差し指も剥がれる直前でとても痛む。これで昨年夏以降、人差し指が2回、薬指が1回、親指が1回剥がれている。人差し指はもうすぐ3回目になる。
 霜焼けも酷く、各指が痛くて薬の錠剤を取り出すのに何時も苦労する。筋肉量が少なくなっているので薬の殻が前より固く感じる。薬種類も錠剤数も多い。
 その後右手人差し指爪も剥がれた。この右手の親指と人差し指の爪が剥がれて力が入らないし触れない。爪が水に浸かるとふやけて痛む。お湯の場合はなおさら。他の3本も揃って根元から3割の位置がデコボコしている。爪が柔らかいので薬を殻から取り出すのに苦労する。半分に割るのに苦労する。


今度は左脚膝の軟骨が飛び出した   (平成27年3月15日)

左脚膝の軟骨が飛び出た、H27. 3.14
−左脚膝の軟骨、3.14−
左脚膝の軟骨が飛び出た、H27. 3.14
−左脚膝の軟骨、3.14−
 
 異常の塊で、後から後から問題が出るが、今度は左脚膝の軟骨が飛び出した。普段は下着で覆われているので気付かなかったが脚を組むとかなりの痛みが出るので昨夜確認したら左膝が外側に飛び出ている。何時からかは不明。痛みの塊なので発見は遅れる。


腰も壊れる直前   (平成27年3月16日)

 椅子から立ち上がる時、腰右側に痛みを感じる。椅子を押してやっと立ち上がる。立ち上がるのに時間が掛かる。腰は数年前から腰を曲げて戻す時に骨が外れそうになるので、整形外科推奨の「(強力)腰ベルト」を着用中。
 骨・筋肉・神経・内臓・皮膚、みんなおかしい。まともな機能は残っていない。苦しみは深まる一方。


春になって霜焼けが悪化した   (平成27年4月9日)

左手霜焼け、4.11
−左手霜焼け、4.11−
右手霜焼け、4.16
−右手霜焼け、4.16−
 
 毎年霜焼けは11月初旬から4月下旬まで続く。5月大型連休になるとほぼ改善する。ところが、今年は4月になってから悪化してきた。表面に潰瘍が出来て血が滲む。

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入院中の異常、睡眠障害 (平成27年4月15日)

 この薬の飲み合わせで常用していた睡眠薬「レンドルミン」が薬効が6倍に強まり使えなくなった。薬の影響の無い「マイスリー」と「ルミスタ」を試したが動悸が強く出て、心臓鼓動が耳栓を伝わって頭全体に響き朝まで眠れない。朝になってウトウトして夢を幾つか見ただけ。
 やむを得ず「レンドルミン」に戻り、まず1/5錠相当の0.05mgの粉末にしてみた。次にこれの2割増しで1/4錠に相当する0.0625mg粉末。これでも効果が無く、それ以降半錠を処方された。薬局では半錠未満は粉末で処方する約束がある。薬効が6倍に強まるので半錠は従来の3錠に相当する。この半錠を50%→70%→100%と順次増量し睡眠時間は3−4時間眠れるようになったが、不自然な眠りで眠った感じはしない。目に痛みが残り疲れは取れない。

入院中の異常、浮腫みと甲陥没 (平成27年4月15日)

陥没前 H27.3.18.16H
−陥没前 H27.3.18.16H−
陥没後 H27.3.18.19H
−陥没後 H27.3.18.19H−
 
 治療開始すぐ両足浮腫みが悪化した。3月18日昼過ぎにスリッパが脱ぎ難いので靴下を脱いだら前日より浮腫んでいた。スリッパの痕がクッキリ。夕方には逆に左足甲浮腫みが陥没した。ナースコールして看護婦さんにも見てもらった。でも「透明人間が押したのでは無いか」と言って首を傾げるだけ。仮に誰かが押したとしても5秒ぐらいで元に戻る筈。陥没は就寝まで続いて翌朝は消えて通常の浮腫みに戻った。気付いて直ぐの19時30分頃デジカメに記録した。


退院後、両手の痙攣が酷い  (平成27年4月17日)

 先月の入院で「アスペルギルス症」の治療薬「ボリコナゾール(ブイフェンド)」を服用してから両手の痙攣が頻繁になった。少し力を入れると痙攣。今日は左手で携帯電話を持っただけでも痙攣。小指付け根が盛り上がりピクピク痙攣
 この薬の副作用と思われる不調は、両目視力低下、両手指痙攣、両足浮腫の悪化、歩行困難の加速、睡眠障害、の5種類。長年のステロイド大量投与で体がダウン寸前で限界状態なので、抵抗力が弱く副作用が大きい。

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木曜日に税務署帰りにフェンスに当たった傷が痛む  (平成27年4月18日、21日、5月9日)

 今月16日に自転車で法人税確定申告書(法人決算書)を最寄り税務署に提出してきた。帰りに千住新橋の下り坂のヘアピンカーブを曲がった時に出口付近に自転車が渋滞していて、ブレーキを掛けた時によろけて右腕が擦れながらフェンスに当たった。ただの打撲で済まないだろうと予想したが、思いのほか傷は深く長袖シャツに血がべっとり。数時間後に治療したがこの時点でも血がポタポタ。
 18日時点ではあれ以来傷口を確認していなかった。包帯でグルグル巻きしているので簡単に見れない。傷口が癒着しているようだ。これからシャワーを浴びるのでお湯に当てて剥がす。やはり傷口が癒着し、お湯を当てて剥がすと血がポタポタ。黄色い膿っぽい体液も出ている。21日時点でも傷口が癒着している。シャワー湯で剥がすと血がポタポタ落ちる。まだかなり痛む。23日時点では改善したがまだ痛む。触らなければ痛みレベル1ぐらいの鈍痛。傷口を剥き出しにしても血が出なくなった。
右腕前腕部 H27.04.16
−右腕前腕部 H27.04.18−
右腕前腕部 H27.04.18
−右腕前腕部 H27.04.18−
右腕前腕部 H27.04.21
−右腕前腕部 H27.04.21−
右腕前腕部 H27.04.23
−右腕前腕部 H27.04.23−
右腕前腕部 H27.05.09
−右腕前腕部 H27.05. 9−

土曜日は制限付き薬服用が多く生活質低下 (平成27年4月18日)

アクトネル錠 H27. 8.31
−アクトネル錠 H27. 8.31−
ブイフェンド錠 H27.8.23
−ブイフェンド錠 H27. 8.23−
 
 土曜日は起床して直ぐに「骨粗鬆症」の薬「アクトネル」を大量の水で服用する。そうすると30分間は何も食べちゃだめ、横になってもだめ。30分過ぎると食前の「漢方薬4種類」をお湯に溶かして服用する。暫く時間を置いて朝食を摂り朝食後に「ステロイド」等10種類の薬を服用
 食後2時間ぐらい過ぎた頃に「アスペルギルス症」の薬「ボリコナゾール(ブイフェンド)」を服用する。この後も2時間何も食べちゃだめ。この「ボリコナゾール」は朝晩12時間間隔で服用する。
 この「ボリコナゾール」の服用時間が毎日決まっており、その時点では胃が空っぽでなければならないので、朝食後のレギュラー・コーヒーは飲めなくなった。昼食後に変更。朝食はさっさと済ましステロイド等の食後の薬を飲む。本当はゆっくり時間を掛けて食事をした方がいいのだが。

恐怖の「アスペルギルス症」 (平成27年4月19日)

 約2年前から「CT画像」で左肺に白い影が写るようになり、半年前からは「胸部レントゲン画像」でも鮮明に写るようになってきた。採血数値も悪化してきた。1月の「皮膚科」入院時での「気管支鏡」検査で、黒っぽい黴菌が検出され、3月17日(火)から「アスペルギルス症」の治療を開始した。ボリコナゾールの「ブイフェンド錠」の服用開始。
胸部レントゲン画像の比較(左:H27.3.30 右:H27.3.17)
−胸部レントゲン画像の比較−
(左:H27.3.30 右:H27.3.17)
ボリコナゾールの「ブイフェンド錠」
−ボリコナゾールの「ブイフェンド錠」−
(H27. 4. 1) −
 

 この病気には何種類かある。「侵襲性」、「慢性壊死性」、「アレルギー性」と。俺の場合、長年のステロイド大量服用で免疫力低下しているので、本来は「侵襲性」だが、レントゲン画像の所見では「慢性壊死性」との中間だという。何れにしろ、薬が効き難く予後が悪く生存率が低く死亡率が高い。副作用も多く、寿命は2−3年と覚悟しないといけない。

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ステロイド服用累計が72,000mg突破、制限が多く悲惨な日常 (平成27年5月15日)

 平成12年(2000年)8月上旬にステロイド服用開始し、平成27年(2015年)4月21日(火)に服用累計が72,000mgを突破した。通常の5mg錠剤では14,400錠になる。いよいよ前人未到の領域。益々「ステロイド性廃人=生きる屍」状態が加速する。再燃間隔が短く、ステロイドの山が数珠つなぎに連なっている。

 大量ステロイド投与の他にステロイド・パルスで合併症の塊・異常の塊で「生きる屍=廃人」になっている。皮膚表面から骨・筋肉・神経・血液・血管・内臓まで、頭のてっぺんから足の爪先まで異常。人体機能でまともな機能は残っていない。背骨が曲がって身長が年間1−2cm縮んでいる。首が潰れて、首を不用意に動かせなく、前屈・後屈も禁止。就寝中も活動中も「直立不動」の姿勢。床に物を落下させても簡単に拾えない。入浴でウトウトすると首が前傾して顔が水没する。低い椅子やしゃがんだ姿勢から全く立ち上がれない。脊椎(首・胸・腰)が変形して歩行困難で、杖に縋ってフラフラと歩く。歩けば歩くほど脊椎変形が加速する。歩いていると首も前傾して痛みが出てくるの片手で顎を支えて歩く。「首カラー」装着なので、外出すると晒し者になる。脊椎変形が加速するので、重い物を持てない。
 腎臓が悪いので蛋白質摂取大幅制限。足の浮腫みが酷い。糖尿病が悪いので何かに掴まり毎日10時間の運動が必要。不調や痛みに耐えて運動。「自転車操業」の体。歩くと体が左右に揺れる。家の中の移動もやっとなので、滅多に外出出来ない。テレビも見ないし、新聞も購読していない。見る時間、読む時間が無い。食事も腎臓病と糖尿病の食事療法で制限が多く苦痛。
 肺に黴菌が棲息しており、この「アスペルギルス症」の治療薬「ボリコナゾール(ブイフェンド)」服用が3月中旬から始まり、これが食べ合わせと飲み合わせが強く、12時間間隔の食間服用。食事時間が固定でずらせない。日常生活に制限が多い

 生きていても希望は無く愉しみは無く、生きている意味が無い。この状態で生きて行くのは辛い。時々涙が滲む。今年になって生存環境も生活質(QOL)も悪化の一途。改善が無理としてもせめて現状維持の横ばいならいいのだが。

現在服用している薬(永久保存版) (平成27年5月15日)

 合併症が20種類と多く薬の種類は多い。朝食後は掌いっぱいになる。時々「アルファロール錠」はまん丸なのでこぼれる。
皮膚科処方薬 H27.5.12
−皮膚科処方薬 H27.5.12−
朝食後の内服薬 H27.5.26
−朝食後の内服薬 H27.5.26−
 

   @プレドニン5mg錠:  [朝:1,昼:0,夕:0]
   @プレドニゾロン1mg錠:[朝:4,昼:0,夕:0]
   Bムコスタ錠:     [朝:1,昼:1,夕:1]
   Cアルファロール錠:  [朝:1,昼:0,夕:0]
   Eツムラ「柴苓湯」   [朝:1,昼:1,夕:1]
   Eツムラ「十全大補湯」 [朝:1,昼:1,夕:1]
   Eツムラ「八味地黄丸」 [朝:1,昼:0,夕:1]
   Eツムラ「茵陳五苓散」 [朝:1,昼:0,夕:1]
    ※ツムラ「柴苓湯」他は食前(30分前)にぬるま湯→熱湯で溶かして服用
   Hアクトネル錠:    [起床時:1,昼:0,夕:0]  ※土曜日起床時
   Gレンドルミン錠:   [朝:0,昼:0,就寝時:1/6錠]
   Gネキシウム10mg   [朝:1,昼:0,夕:0]
   Hメチコバール:    [朝:1,昼:1,夕:1]
   OミヤBM錠:     [朝:1,昼:0,夕:1]
   O乳酸カルシウム粉末: [朝:1,昼:1,夕:1]
   Oブイフェンド錠:   [朝11時,夜23時]  ※食間服用
   Oユベラ10mg錠:   [朝:1,昼:1,夕:1]
   Oバクタ錠:      [朝:1,昼:0,夕:0]
    ※2日で1錠、常に奇数日に服用する
   Oメバロチン錠:    [朝:0,昼:0,夕:1]
   Oテノーミン錠:    [朝:半,昼:0,夕:0]
   Oニューロタン錠:   [朝:半,昼:0,夕:0]
   Oラシックス10mg錠: [朝:1,昼:0,夕:0]
   Oインシュリン「ノボラピッド70ミックス」[昼食前8単位、夕食前3単位]

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今朝も就寝中に3回トイレ起床 (平成27年6月28日)

 昨夜に続き就寝中に1−2時間間隔で3回トイレ起床した。そして夢ばかり見た。続きを見たい夢もあった。極度の寝不足が続いているので、日中はリクライニング椅子に座ると足をバタバタ運動しながらウトウトしてしまう。ベッドに横になると何故か眠りが浅いし、トイレ起床するので睡眠不足は加速する一方。
 寝るのが最大の愉しみなのに、もう100日満足に寝ていない。この間の睡眠は平均3時間程度。疲れが取れずたまる一方。目が赤く充血しショボショボするし、右目下まぶたが頻繁にピクピク痙攣する。心臓の負担が増え不整脈が増える

 結局、この3日間、就寝中に3回トイレ起床した。日中は物凄く眠くなる。目が痛いので目を閉じるとすぐ眠くなってウトウトしていまう。立っているのが辛いのでリクライニン椅子に座って運動するが、30−60分寝てしまう。でも就寝しようとベッドに横になっても不思議に眠くならない。今朝は1回目のトイレ起床時睡眠薬を追加服用したら、薬成分が残るのか何時もより眠くウトウトしてしまった。

昨日は1日中気持ち悪くて起きていられなかった(永久保存版) (平成27年7月4日)

 昨日は、起床時から目がグルグル回って気持ち悪くて起きていられなかった。頭を動かすと気持ちが悪い。苦しい。それでも薬は一定間隔で飲まないといけない。「アスペルギルス症」の薬は点滴と同じく一定間隔12時間毎でかつ食間服用。この薬を服用したら暫くは食べられない。どんなに体調不良でも規則正しい生活が求められ、辛くてもずーっと寝ているわけに行かない。
 目がグルグル回るのは半日で治まったが気持ち悪さは続きほぼ1日中寝ていた。食事が何時もよりかなり少ないのに、立っている時間が少なく運動ができないので血糖値が昼食前238、夕食前191、就寝前122と悪く、体重は51.6→50.7kgと急落した。
 まだ首を動かすと気持ち悪くなるので不用意に動かせない。首はゆっくり動かす。まだ立っているのが辛い。

 原因は首がつぶれていることにある。首の骨が何かの拍子に移動したり、首の前傾姿勢が多くなってダメージが蓄積されていくと、突然発生する。最近では昨年10月11日頃だった。田舎の友人と再会して、コーヒー店で床に落とした杖を拾ったのが原因。今回は比較的軽症だったが、重症だったら苦しくて辛くて嗚咽・号泣してしまう
 食事時間と薬服用時刻がずれてしまったので、これも後遺症のひとつ。11時と23時の薬服用時刻がこの2日間で13時と25時にずれてしまった。少しずつ元に戻す。

 ■この現象は約2年半前から頻繁に起こるようになってきた
   平成24年12月10日(月)
   平成25年 1月 8日(火)
   平成25年 2月17日(日)
   平成25年 9月22日(日)
   平成25年11月 6日(水)
   平成26年10月11日(土)
   平成27年 7月 3日(金)


極度の寝不足と疲労で体がだるい (平成27年7月26日)

 3月中旬の「アスペルギルス症」入院治療から始まった睡眠障害。それ以降の120日はまともに眠っておらず、平均睡眠は3時間半。しかも眠りが浅く夢をよくみる。今朝も平均の3時間半の睡眠だった。
 朝食後に近所のスーパーに買い物に行ったが、帰宅したらダウン寸前。両目が痛く体がだるい。昼食も摂らず、リクライニング椅子で軽い運動していたが、中々起き上がれない。時間だけが過ぎていく。ようやく重い腰を上げて昼食の準備に取り掛かる。

両足爪がおかしい、色が赤くデコボコ (平成27年8月4日、9月15日)

 今日は久しぶりに両足爪を切った。首が潰れているので左膝に顎を乗っけて首を固定して爪を切った。この1年ぐらい前から両足爪がおかしい。両足小指爪は黄色いし、左足は親指爪が剥がれそうだし、他の爪はデコボコしている。左足小指爪は3年間延びない。今回も切っていない。右足爪は全体に色が赤っぽくデコボコしている。今回は右足小指爪を3年ぶりに切った。
両足指爪、H27.12.12
−両足指爪、H26.12.12−
両足指爪、H27. 5.17
−両足指爪、H27. 5.17−
両足指爪、H27. 6.26
−両足指爪、H27. 6.26−
両足指爪、H27. 8. 8
−両足指爪、H27. 8. 8−
左足指爪、H27. 8. 4
−左足指爪、H27. 8. 4−
右足指爪、H27. 8. 4
−右足指爪、H27. 8. 4−
左足指爪、H27. 9.15
−左足指爪、H27. 9.15−
右足指爪、H27. 9.15
−右足指爪、H27. 9.15−

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2ヶ月前の右脚ふくらはぎ裏傷がまだ治らない (平成27年8月8日)

 6月11日頃に自転車のサドル高さ調整用レバーが当たって出来た右脚ふくらはぎ裏の傷。2ヶ月経過し、直径1cmぐらいで黄色く陥没していた傷はかなり埋まったが、まだ患部中心部も周辺部も傷む。
 ここは浮腫みが酷く細菌感染症「蜂窩織炎」の可能性があるので抗生物質入り軟膏「ゲンタシン」で毎日治療が必要。昨年2月にはこの患部付近から細菌感染し、「蜂窩織炎」を発症し緊急入院して暫くベッドから動けなかった。免疫力が低下しているので傷が修復しない。通常の何倍も時間が掛かる。

 これは6月13日頃に敷き布団カバーに“茶色のシミ”が点々と付着しているのに気付いたが気にも留めなかった。6月16日にシャワー時に右脚ふくらはぎ裏に“黒いカサブタ”を見つけ治療を開始した。治療は「プラスチベース軟膏」を塗り「リント布」を貼った。この時点でも原因が分からなかったが、数日後に自転車に乗った時に原因が思い当たった。
 自転車のペダルを一漕ぎした時にサドル高さ調整用レバーがやや水平に飛び出ていて軽く当たって痛みを感じた。長さ10cmぐらいで太さは鉛筆ぐらいで先端が球状のステンレス製レバーで錆は無い。
 その後カサブタが剥がれ、クレーターのように陥没し黄色い体液や赤い血液が出てきた。治療を継続してもジュグジュグしていた。7月7日の「皮膚科」診察時、主治医に見せ「抗生剤、ゲンタシン」を塗るようにとの指示でジュグジュグ状態は改善してきた。

右脚ふくらはぎ裏、H27. 7. 5
−右脚ふくらはぎ裏−
(H27. 7. 5)
右脚ふくらはぎ裏、H27. 7.26
−右脚ふくらはぎ裏−
(H27. 7.26)
右脚ふくらはぎ裏、H27. 7.28
−右脚ふくらはぎ裏−
(H27. 7.28)
右脚ふくらはぎ裏、H27. 7.31
−右脚ふくらはぎ裏−
(H27. 7.31)
右脚ふくらはぎ裏、H27. 8. 8
−右脚ふくらはぎ裏−
(H27. 8. 8)

「首カラー」を外すのでシャワーが苦痛 (平成27年8月14日)

 夏は汗を多くかくのでシャワーで洗い流したいが、シャワー時は「首カラー」を外すので首が無防備になる。髪を洗ったり、体を洗ったり、タオルを絞ったり。極力片手で顎を支えて首の前傾を抑えるが、顎を支えないと首が前傾してダメージが大きい。パンツを履く時もうまくいかず怒鳴ってしまう。首の前傾時間と角度の積算が余命を決定する。首がこれ以上損傷したら辛くてとても生きていかれない。
 首がつぶれて45度に前傾するので、シャワー時以外は「首カラー」を装着している。胸の鎖骨と顎の間に“つっかい棒”を入れて前傾を防止している。これが外出時は目立つ。


今生きていて最大の愉しみはコーヒーを飲む事 (平成27年9月4日)

 この2ヶ月ぐらいは「インスタント・コーヒー」を飲んでいたが、これを飲み尽くしたので3日前から「レギュラー・コーヒー」に戻した。ドリップ・フィルターに粉末を入れ、お湯を何度かに分けて注ぐので、抽出に時間が掛かるが味・香りが全然違う
レギュラー・コーヒー
−レギュラー・コーヒー−
ドリップ・フィルター
−ドリップ・フィルター−
 

 半年前までは「寝る事」が最大の愉しみだったが、3月中旬の「アスペルギルス症」の治療開始以降は平均3時間半しか眠れず、眠りも浅い。日増しに疲れが蓄積して目が赤く充血して痛む。
 アルコールの量も減った。1週間に1回25度焼酎を4倍に割って1杯だけ飲む。コップ1杯は200mlなので焼酎は50ml。
 食事は糖尿病と腎臓病が悪いので質・量共に制限が多く、美味しいもの、甘いものは二口しか食べられない。食欲も減った。食前には痛いのを我慢して指を穿孔して血糖測定とインシュリン皮下注射をふとももに打つ。50%以上の確率で静脈に刺さり出血する。内出血して紫色で5−6cm大に腫れる事もある。更に食後は3時間程度の運動が必要。食事は愉しみが少しはあるがそれ以上の苦痛を伴う


万病の元は多く、睡眠不足も万病の元 (平成27年9月5日)

 「喫煙」は万病の元、「ストレス」は万病の元、「睡眠不足」は万病の元、「風邪」は万病の元、「冷え」は万病の元、「肥満」は万病の元と、万病の元は多い。
 何度も記述しているが、俺は今年3月中旬以降の半年間は満足に寝ていない。平均睡眠時間は3時間半で、眠りも浅く夢ばかり見る。この3日間は2時間半が続いている。疲れが取れず疲労は蓄積する一方。
 先日のネットニュースで「睡眠不足は風邪が4.5倍に増える」と出ていた。その前は「たった一週間の睡眠不足であっても、遺伝子に悪影響を及ぼし得る」と出ていた。「睡眠時間が短い人は早死にしやすい」や「睡眠不足続くと情緒不安定」というのも。
 自分の経験でも睡眠不足になるほど、心拍数が増えて不整脈が増える

 睡眠時間は7時間が理想みたいだが、どうしたら7時間も眠れるのか教えて欲しい。今の俺は4時間がやっと。


ラジオ体操やウォーキングが出来る人が羨ましい (平成27年9月9日)

 今はスポーツの秋で、運動は健康維持に欠かせないが、俺の場合は運動は体に悪い。ラジオ体操もジョギングもウォーキングもヨーガも体に悪い。これらの運動をすればするほど一歩一歩寝たきりに近づく。首が損傷しているし脊椎が変形しているし、これが益々悪化していく。
 なので「前屈・後屈・反り」は禁止。許される運動は「直立不動」で出来る範囲なので、ストレッチ運動、手を前後に振る、腕を回す、足踏み、ぐらい。
 一方、ベッドに仰向けになれば自転車漕ぎや腹筋運動やお尻上下運動が出来る。


まともな機能は残っていないが、最近左足も不調 (平成27年9月12日)

 時々、共有自転車で買い物等で外出するが、この1ヶ月ぐらい前から自転車のペダルを漕ぐと左脚が痛む。膝を曲げて漕ぐと痛む。左脚を伸ばしたままで右脚だけで漕いだりする。それとリクライニング椅子で脚を組んでしばらく経過すると左脚だけが激痛になる。ウトウトするがこれで目を覚ます。

 歩行困難は日増しに酷くなって家の中の移動もやっとだし、自転車も漕げなくなっている。体が左右に揺れるし、バランスを崩すと踏ん張れない。外出は日増しに困難になっている。


今度は右脚ふくらはぎ表に謎の傷 (平成27年9月17日)

 昨夜就寝前に同じ右脚ふくらはぎ裏の包帯を外して気付いた。ふくらはぎ表側も謎の傷でシルが出ている。長さ10cmぐらいが黒ずんでいる。これは1週間ぐらい前に切り傷が出来ていたのでバンドエイドを貼っていた。それが周囲に大きく拡大している。慌てて従来からのふくらはぎ裏と一緒に、抗菌剤「ゲンタシン」を塗り、リント布を貼り包帯で覆った。これで毎日の軟膏処置は、右腕前腕部、右脚ふくらはぎ裏、右脚ふくらはぎ表、両足爪、の4種類と増えた。
右脚ふくらはぎ表 H27.9.17
−右脚ふくらはぎ表 H27.9.17−
右脚ふくらはぎ表 H27.9.18
−右脚ふくらはぎ表 H27.9.18−
 

 翌日には右脚ふくらはぎ表の傷は周辺に痛みが出てきた。昨夜治療したリント布を剥がすと血液が付着していた。傷で黒い部分は4cmぐらい。
 かすり傷がどうしてこんな酷くなるのか。他の右腕前腕部の傷は4月16日から、右脚ふくらはぎ裏の傷は6月10日頃から、現在も治療を続けている。この分だとこれも3ヶ月治療が必要になりそう。

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右太腿インシュリン注射痕が傷む (平成27年9月26日)

 首が潰れているのでお腹周辺には打てない。今月19日頃に右太腿内側に皮下注射したインシュリン注射痕が傷む。7割ぐらいの確率で血管に刺さり出血する。今回のは日増しに濃く大きくなってきた。今がピークか。現在長さ約10cm。内出血は頻繁に起きるが、これだけ大きくなるのは半年ぶりぐらい。

右脚ふくらはぎ内出血、H27.9.19
−右脚ふくらはぎ内出血−
(H27. 9.19)
右脚ふくらはぎ内出血、H27.9.22
−右脚ふくらはぎ内出血−
(H27. 9.22)
右脚ふくらはぎ内出血、H27.9.23
−右脚ふくらはぎ内出血−
(H27. 9.23)
右脚ふくらはぎ内出血、H27.9.26
−右脚ふくらはぎ内出血−
(H27. 9.26)


朝晩は寒くなって浴槽入浴が恋しくなる頃 (平成27年10月9日)

 日中は25℃前後だが朝晩はかなり寒くなってきた。俺は入浴禁止されているので昨夜もシャワーだけ。今年1月2日にお風呂で倒れて一時意識不明になって便失禁もしている。その1年前にも2度倒れている。その後の「循環器内科」診察時にこれを伝えたら入浴禁止になった。お風呂は命がけだ。今度入院した時に血圧と浮腫みの薬を調整する事になっているが、それまではお風呂に入れない。シャワーだけ。


今日は「体育の日」だね、でも俺に出来る運動は (平成27年10月12日)

 首が潰れて脊椎も側湾しているので、前屈・後屈は禁止で直立不動の姿勢で出来る運動に限る。ステレッチ体操、腕を前後に振る、足踏み、横になっての自転車漕ぎ、ぐらい。ラジオ体操やウォーキングさえも出来ない。歩行すると体が揺れる。次第に前傾してきて首が痛くなる。腕立て伏せは首が損傷し自殺行為。お風呂掃除などで首を酷使した翌日は1日中目がグルグル回って起きていられない。気持ち悪く、食欲も無い。


日中も歩行困難だが、起床時は顕著 (平成27年10月18日)

 ベッドに横になると背骨がボキボキ鳴る。日中めり込んでいた骨が伸びている感じ。立ち上がると再び骨がめり込んでいくので安定するまで歩き難い。フラフラするので、壁や戸や机等手当たりしだいつかまって歩く。夜間のトイレ起床は時間が切迫しているので辛い。「膀胱炎」になりそう。「尿失禁」しそう。


もう6年以上正座してない (平成27年12月21日)

 脚を曲げると膝周辺に肉が集まってきて、痛くて曲がらない。そして、しゃがむと自力で立ち上がれない。床を拳で押して立ち上がるが、片手しか使わないので無理な姿勢になり、背骨の変形が進む。


しゃがんだ姿勢からアシストして10回立ち上がれた (平成27年12月24日)

 両側に椅子と段ボールを配置してこれに捕まりながら自力で立ち上がる訓練。何かに捕まらないと自力では立ち上がれない。捕まらず自力で立ち上がろうとしたら後ろへ転倒した。両手で捕まって両腕に力を入れアシストすると10回連続で立ち上がれた


左腕が痛くて着替えが大変 (平成28年2月14日)

 入院中の1月25日頃から左腕を動かすと痛む。左腕を肩より上に上げると痛む。左腕を伸ばした縮めたりすると痛む。着替えは左腕を動かす事が多く苦痛だ。着替えは首も動かすし、首を動かすと時には気持ち悪くなる。前屈・後屈が出来ないので日常生活に制限が多い。


右脚ふくらはぎ裏の傷 (平成28年3月3日)

 2月18日(木)に、自転車のサドル高さ調整レバーが右脚ふくらはぎ裏に当たった。自転車を漕ぐ時にレバーが低い角度だったが突然少し動いて当たった。傷痕は斜めに点々と続く。かすり傷でもがかなり重くなる。今回は3月3日(木)でほぼ完治。昨年春も同様に傷が出来て、やがて傷が陥没し治癒に半年掛かった。
 ここは浮腫みがあるので細菌感染しやすい。2年前の2月は「蜂窩織炎」で緊急入院している

右脚ふくらはぎ横、H28. 2.18
−右脚ふくらはぎ横−
(H28. 2.18)
右脚ふくらはぎ横、H28. 2.20
−右脚ふくらはぎ横−
(H28. 2.20)
右脚ふくらはぎ横、H28. 2.22
−右脚ふくらはぎ横−
(H28. 2.22)
右脚ふくらはぎ横、H28. 2.25
−右脚ふくらはぎ横−
(H28. 2.25)


左足親指爪腫瘍は「グロムス」腫瘍 (平成28年3月3日)

 両足指と爪は異常の塊だが、平成27年12月上旬より左足親指爪の右側が紫に変色して押すと激しく痛む
 平成28年2月16日(火)の「皮膚科」診察で左足親指爪下に腫瘍が出来ており手術が必要と診断された。入院中の2月26日(金)皮膚外科専門医のエコー検査でも腫瘍が認められたが手術してもチリチリ感が残るという事で保留になった。良性腫瘍なので急がなくても良いと。
左足指 H28.2.8
−左足指 H28.2.8−
左足指 H28.3.2
−左足指 H28.3.2−
 

 退院してネット検索したら爪腫瘍は「グロムス」腫瘍として出てくる。俺の場合足爪だが、一般的には手指爪が多いみたい。
 ネットの質問コーナーで経験者からの回答で、「術後の痛みのあまりの激しさに、手術を後悔しました。術後の不快感は表現が難しいくらいです。どっちが良かったかは今となっては良く分かりませんが、出来る事なら手術は避けた方が良い様な気もします。悪性では無いので、我慢出来るうちはしていた方が良いかもしれません。」と、有った。


「抗生剤」服用後の下痢便続く  (平成28年3月4日)

 入院した2月22日(月)夜から「抗生剤、セフゾン・カプセル」服用し、翌日就寝前から始まった下痢。対策として24日(水)夜から「整腸剤、ミヤBM錠」を服用開始。退院して2月29日(月)昼で抗生剤を「1週間の飲み切り」で服用中止したが、まだ下痢が続く。起床時は毎日下痢便。今朝の体重は入院前に比べ1.5kg少ない52.5kg。


左手人差し指と薬指は骨折  (平成28年4月8日)

左手指骨折 H28.4.7
−左手指骨折 H28.4.7−
 
 左手人差し指と薬指は秋頃からずーっと紫色に変色している。季節柄霜焼けと思っていたが、これは骨折だった。ペットボトルが固い時がある。時々通常と逆にペットボトルを右手に持ち、左手でひねる。これで左手人差し指に負荷が掛かり骨折。左手指2本は押すと痛む。霜焼けの痛みとは違う。以前も何度かこの指は骨折している。他人には信じられないが簡単に骨折する。普通の生活しているだけで毎年肋骨も圧迫骨折する。

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膠原病の「強皮症」の疑い  (平成28年4月8日)

 最近、時々起床時に両手が強張る。数日前買い物から帰宅したら左手中指が白くなっていた。「レイノー現象」かも。それに1月からずーっと両足指の皮がつっぱって曲げ難い。両足首も曲げ難く階段を降りるのが辛い。これらの症状は3種類共「強皮症」の症状。
 4月入院時「強皮症」の抗体検査を実施したが陰性だった。


難病悪化だが合併症の方が遥かに辛い  (平成28年4月10日)

 副作用・合併症の方が遥かに辛いので難病の症状なんて大した事は無い。難病は全体の辛さの2割ぐらいに過ぎない。但し、難病もこのまま悪化したら生命が危うい。今度の入院治療で効果が無かったら治療方法が無いという事。一般的治療はステロイド投与だが、俺の場合副作用が酷く、もう使用できない。この難病は放置したら死亡率は90%
 もう、まともな人体機能は残っていない。骨・筋肉・神経・血液・血管・内臓・皮膚がボロボロ。内臓は腎臓他みんな悪いし、血液検査は異常だらけ。
 数多の副作用・合併症の中で頚椎損傷が最も辛い。不用意に動かすと気持ち悪くなるし、首を動かすと擦れる音がするし、前屈・後屈も出来なく、前傾が多いと1日中目がグルグル回って気持ち悪くて起きていられない時も有る。シャワー時以外は常時「首カラー」着用
 今年になって左腕のかなりの痛みと膠原病の「強皮症」の症状が出ている。両足指と足首の皮がつっぱって曲げ難く、時々起床時に両手の強張りも発生。真綿で首を絞められるように年々生存環境は悪くなる。

 従来は浴室でシャワー終了後に軟膏処置していたが、暖かくなってきたので8日から隣の洗面室で軟膏処置。こちらだと据え置きの鏡と手鏡で皮膚症状を確認しながら軟膏を塗れる。手が届かない所はヘラに軟膏を付けてピンポイントで塗れる。リント布も患部を確実に覆えピッタリと貼れる。


床に落ちた物を簡単に拾えない  (平成28年4月14日)

 首の前傾が出来ないので床に落ちた物を簡単に拾えない。床に物を落下させると左手で顎を支え、腰をゆっくり半分ぐらい曲げ右手をゆっくり目標物に接近する。そして掴むと腰をゆっくり伸ばす。10秒ぐらい掛かる。片手で掴めない物は2段動作となる。まず中間収容として側に椅子を持ってきてしゃがんで両手で掴み椅子に乗せる。そして左手で顎を支え右手で床を押して立ち上がる。次に椅子から物を持ち上げる。これは20秒ぐらい掛かる。
 駅のホームには線路上に落下した物を拾う遠隔ハンドが設置してある。家にも欲しい。そして、これで大きい物から小さいものまで拾えれば楽チン。

 洗濯機から洗濯物を取り出す時も苦労する。前面パネルに左肘を当て拳を顎に当て首の前傾防止して、右手で洗濯物を取り出す。


今日の「整形外科」診察で「左腕関節炎」と診断  (平成28年4月19日)

 今日の診察は1月下旬の入院時に痛みが出て、その時に病棟医師を通じて予約していた。3ヶ月近く経過しようやく診察。主訴は1月25日頃より左腕が痛む。痛みレベルは10段階で1−4の範囲で繰り返す。朝の目覚め時は痛みがかなり強く軽くなるまで起き上がれない。左腕を肩より上に上げると痛む左腕を伸ばして縮めると痛む左腕を回転させると痛む。医師に言わなかったけど着替えで左腕が動くと痛む
左右腕の合成 H28.4.19
−左腕右腕の合成 H28.4.19−
 
 診察の途中で両肩のレントゲンを5枚撮影。その結果「左腕関節炎」と判定。打撲しなかったか?と問われたけど、事務用複写機を処分する時に両腕を使って複写機を外に出したと返答。左腕を動かさないように。左腕は曲げたまま作業するようにと。副作用の少ない「痛み止め内服薬、カロナール」を処方

 その後、左腕だけでなく右腕も痛む。ストレッチ運動で両腕が痛む。重い物を持つと両腕が痛む。


右足親指爪が半分剥がれた  (平成28年5月2日)

右足爪 H28.4.19
−右足爪 H28.4.19−
右足爪 H28.5.2
−右足爪 H28.5.2−
 
 昨夜シャワー後、何時ものように立ったまま左足で右足親指爪を動かしたら爪が半分剥がれた。“まさか”っと思い再度やってみたら再度半分浮き上がった。
 慌てて写真を撮るとこの右足親指爪根元が黒く変色している。内出血か?。以前は黒くなっていなかった。


腰の骨が外れそうになる  (平成28年5月19日)

 体を浮かせて元に戻そうとすると“ギクッ”と音がして骨が外れそうになる。そうするとゆっくりゆっくり元のさやに戻す。腰を曲げ元に戻す時も同様に骨が外れそうになる。
 鉄道で言えば、電車車輪が線路に乗り上げてかろうじて内側に戻っている状態で、脱線寸前の状態。


現在の朝食後の内服薬  (平成28年5月25日)

 今日の朝食後の内服薬は11種類12錠半。増えたり減ったり。朝食後はこの画像の他に「カルシウム粉末」がある。
朝食後内服薬 H28.5.25
−朝食後内服薬 H28.5.25−
 

  ・副腎皮質ホルモン「プレドニン」 6.0mg(5+1)mg、
  ・胃粘膜保護「ムコスタ」1錠、
  ・浮腫み薬「ラシックス(プロセミド)」1錠、
  ・頻脈不整脈「テノーミン(アルセノール)」半錠、
  ・ビタミンD「アルファロール」1錠、
  ・ビタミンE「ユベラ10mg錠」1錠、
  ・ビタミンB12「メチコバール」1錠、
  ・胃酸抑制剤「パリエット」2錠、
  ・サルファ剤「バクター」 1錠、
  ・痛み止め薬「カロナール」1錠、
  ・貧血剤「フェロミア50mg」1錠、
  ・カルシウム「乳酸カルシウム」1包(画像には無い)


緑内障セルフチェックで異常  (平成28年6月7日)

緑内障セルフチェック画面
−緑内障セルフチェック画面−
 
 今日のNHKラジオ『ごごラジ』で「緑内障」の話をしていた。「緑内障」は眼圧が高まり視神経が損傷し視野が次第に狭まっていく病気。視神経損傷は元に戻らない。根治治療は無く進行を遅らせるだけ。悪化すると失明する。
 検索して見付かった某サイトで緑内障セルフチェックをしてみた。片目で一部が視野欠損する。左目では左端が見えず、右目では右端が見えない。この図で視点をひまわりの中央の赤い点に固定して目と画面の距離を30cmぐらいでは、左目では左端の「猫」が見えず、右目では右端の「ちょうちょう」が見えない。距離を近づけたり遠ざけると見える。画像を15度くらい回転すると見える。
 次回の眼科で正式に検査してもらう。まだ随分先だが。前回までの眼圧検査は正常だった。眼圧が正常でも緑内障になるという。


インシュリン注射で神経に刺さる  (平成28年6月14日)

 頚椎損傷しているので首の前傾が出来ず、通常のお腹でなく太腿にインシュリン注射する。太腿は血管や神経が縦横に走っていて、7割方血管に刺さる。
 先日、まず左脚に打ったら神経に刺さって“ビリッツ”と電気が走って、直ぐ抜いて、針を交換して右脚に打ったらまたしても“ビリッツ”と電気が走って、、その日は恐怖で注射をしなかった。インシュリン8単位を中止すると血糖値は60ぐらい上昇する。それ以降は恐る恐るで何とかセーフ。


現在の両足指症状  (平成28年6月30日)

左足指・爪 H28.6.25
−左足指・爪 H28.6.25−
右足指・爪 H28.6.25
−右足指・爪 H28.6.25−
 
 相変わらず両足爪がおかしい。左足薬指爪は先日の入院中に剥がれた。親指爪と中指爪ももうすぐ剥がれる。右足爪もみんなおかしい。親指爪の下半分は内出血で真っ黒。真ん中の3本の爪は肌色。


右耳が急激に悪化  (平成28年7月18日)

 平成28年7月に糖尿病で入院した頃から右耳が急激に悪化してきた。入院時検査で両耳近くで小さな音(指を擦る音)を発生しても右耳では聞こえなかった。テレビを点けて左耳を塞いで右耳だけにすると半分程度しか聞こえない。数年前から右耳は耳鳴りが酷い。常時「蝉時雨」がして、時々「キーン」の音が入る。


五体不満足、両腕不調  (平成28年7月27日)

 「五体不満足」のベストセラー本を書いて有名になったO氏。最近は5人の女性と不倫したのを認めて、世間から「五人大満足」とか「女体大満足」とか言われている。参議院選に立候補予定だったが、これで断念。
体組成計測 H28.7.11
−体組成計測 H28.7.11−
 

 俺の「五体不満足」は胴体・頭・左腕・右腕・右脚の5体。まともなのは左脚のみ。
 今年1月下旬に事務用複写機を処分した後遺症か、その1週間後から両腕が物凄く不調。両腕はじっとしていても骨中心部が痛み動かすと更に痛む。4月19日の整形外科診断は「関節炎」との事。

  ・腕を肩より上に上げると痛む。
  ・腕を曲げ伸ばしすると痛む。
  ・腕を捻る(回転する)と痛む。
  ・腕を前後に振ると痛む。
  ・2→1kg程度の重いものを持つと痛む。
  ・丸首シャツを脱ぐ時に痛む。
  ・腕を上げ下げすると関節で“カクッ”と音がする。

 糖尿病で退院した後から「アームバー(鉄棒の中心部にバネを巻きつけたもの)」で筋トレするようになって一層酷くなり1週間で中止。重さが有ると痛みになる。体組成計測で腕の筋肉量が少ないので鍛えるようにとの指導だったので。
 左腕が特に酷い。左腕は数年前から冷たくだるく力が入らなく感覚が鈍く小指と薬指が半分麻痺。


不調が多い、不調の塊  (平成28年8月11日)

 難病本体の症状の他に不調が多い。これは全部今年になって新たに発生。

  ・両足かかとの肉が薄く骨が当たって歩き難い。時に起床時歩き難い。
  ・背骨が変形して歩行すると体幹が揺れる。
  ・左右の腕が痛くて動かせない。動かすと腕付け根の関節が“カクカク”鳴る。痛くて着替えが困難。
  ・右耳が内側から欠伸やげっぷ等と共に頭内部からの圧力で“ボーッ”と音がして鼓膜が破れそう。既に右耳は半分しか聴こえない。

 他にも不調の塊。


右耳はもう駄目かも  (平成28年9月29日)

 右耳の悪化の経過は、3年前夏に難病症状が悪化し抗体価が300ぐらいから発生し、ずーっと横ばいだったのが今年夏に急激悪化。今年5月下旬に帰省した時には問題無かった。7月に糖尿病で入院時の聴力検査で耳元で指を擦った時に右耳では全然聞こえなかった。

  ・3年前夏に右耳内部にもカサブタが出来た時に右耳内部が時々濡れた。右向きで寝ると出た。週2−3回発生。綿を詰めると黄色に染まり悪臭。12月入院時の抗生剤「ユナシン」点滴で改善。
  ・その時から蝉時雨のような耳鳴り。静かな環境だと気になる程度。
  ・口を“パクパク”開け閉めすると耳が“ゴボゴボ”音。気圧調整しているような。
  ・今年夏から右耳が半分聴こえなくなった。糖尿病入院時の聴力検査で耳元で「指を擦る音」が聴こえなかった
  ・常に新幹線のトンネルに入ったような“ボーッツ”とした感覚、気圧調整不良みたいな。
  ・右耳の耳鳴りは高調波音に変化し、常に“キーン”という音がうるさい。
  ・時々頭内部でガスが発生して右耳から抜ける。鼓膜が“ボーン”となって内部から押されて破れそうになる。1日30回程度。
  ・右頬を髭剃り等で擦ると耳に響く
  ・目が1日中グルグル回るのも耳と首が関係している。
 近くに耳鼻科は無いし、いろんな検査が必要になる筈なので病院の耳鼻科受診予定。


右耳が時々爆発  (平成28年11月10日)

 今月8日の火曜日から右耳が内部からのかなり爆発的な強い圧力で飛び出る。“ボーン・ボーン”となる。この衝撃で鼓膜が揺れる。この内部からの空気圧と、あくび、げっぷ、の3種類で右耳が“ゴボゴボ”となる
 このショックで右耳の聴力が一時的にかなり回復した。1週間前は右耳聴力は左の3割ぐらいだったが今は8割ぐらいに回復した。右耳が爆発して気圧調整は改善した。新幹線がトンネルに入った時のように耳がこもっていたが、この耳ツン状態から改善した。
 右耳近くで指を擦る音が聞こえる。これで右耳“ボーン”がこれ以上出なければいいのだが。これ以上続くと鼓膜が破れる


両手の霜焼け悪化  (平成29年1月16日)

 今季最大というより数年に一度の寒波が日本列島を覆っていて、西日本の太平洋側にも雪が降っている。ニュース報道によると田舎(新潟県上越市高田)は24時間で50cm積もり今朝9時時点の積雪は66cm。
 寒さに伴って手足の霜焼けが酷くなっている。足は靴下を二重に履き携帯カイロを貼ればかなり寒さを防げる。手は水仕事があるのでそういう訳にいかない。右手の方が酷かったので今年になって右手はずーっと手袋をして左手は素手の生活だった。そうしたら左手の方が酷くなった。左手は甲も指も腫れている。強張って指が曲がらない。両手共手袋だと日常生活に不便なので交互に手袋にする。
 1月中旬になって右手の裏や横に赤い斑点が多数出没してきた。これが物凄く痛い。左手も赤く腫れて潰瘍が出来て甲小指根元に赤い斑点が出来てきた。両手共に重症になってきた。これからどんどん寒くなるのに。まだ序の口なのに。
右手霜焼け H29. 1. 9
−右手霜焼け H29. 1. 9−
右手霜焼け H29. 1.12
−右手霜焼け H29. 1.12−
右手裏霜焼け H29. 1.12
−右手裏霜焼け H29. 1.12−
右手霜焼け H29. 1.16
−右手霜焼け H29. 1.16−
右手横霜焼け H29. 1.16
−右手横霜焼け H29. 1.16−

両足の霜焼けが酷い  (平成29年1月16日)

 先週、両足全体が黒ずんでいたが、携帯カイロを甲に乗せていたら少し赤みが戻ってきた。何故か皮が剥けてきた。
 浮腫みも復活してきた。同じ生活パターンで立っている時間は同じなのに。毎日16時間ぐらい立っている。この後2月14日(火)採血の腎臓機能のクレアチニンcreが1.21と異常値

両足霜焼け H29. 1. 8
−両足霜焼け H29. 1. 8−
両足霜焼け H29. 1.11
−両足霜焼け H29. 1.11−
両足霜焼け H29. 1.16
−両足霜焼け H29. 1.16−


首が一段と悪化  (平成29年1月19日)

 昨日朝から寝起きする時も頭を支えないといけなくなった。起床時に首に痛みを感じた為。首が損傷していて辛い症状がいろいろ出る。首の損傷を加速させない為に、横になる時と起床時は片手で後頭部を支える。前は寝起き時は平気だったのに。日中は直立不動で前屈・後屈は禁止。これで日常生活が一段と厳しくなった。首が脆いので手術出来ない。生きていられるのはどのぐらいか。


目が回って気持ち悪い  (平成29年2月2日)

 今日は起床時から目が回って気持ち悪く食欲も無く、牛乳を100ml飲んだだけでずーっと寝てました。寝ているとそれほどでも無いが立っていると気持ち悪い。今21時、まだ苦しい。今おじゃを作って食べてます。原因は首がつぶれていること事で。これは半年に1回ぐらいあるんです。
 この日の摂取カロリーは400kカロリー程度なので翌日は体重が51.5kgが49.5kgと2kg激減しました。


今回入院も心電図異常他異常続出 (平成29年2月27日)

 □今回も心電図異常
ブルガダ症候群心電図 H29. 3.14
−ブルガダ症候群心電図 H29. 3.14−
 
 入院時は毎回「心電図」と「胸部x線」を検査する。心電図は変わるが、今回は昨年秋以来となる3回目の「ブルガダ症候群」の危険な心電図だった。心臓の電気信号の波形がおかしい。コメントに「SaddleBack型ST上昇」と「Coved型軽度ST上昇」と「不完全右脚ブロック」の記述が読める。致死性不整脈「心室細動」を起こし突然死を招きやすい。異常の塊。

 □今回も身長が短縮
 入院時は毎回、「身長」と「体重」を測定する。身長は遂に165cmを割り込んだ。計り方によって前後するが、トレンドは右肩下がりで確実に短縮。発病前173cm有ったのに今回は164.7cmだった。8cm以上の短縮。これに比例して歩行困難になる。異常の塊。

 □今回は下痢の連続
 入院してからお腹がおかしい。毎日下痢便が2−3回。便が柔らかいので立ったり座ったりしていると肛門から便が漏れる。寝ていても便が漏れる。25日のシャワー時パジャマのズボンを脱いだらお尻部分が茶色に染まっていた。慌ててお湯を湿らしたタオルで擦って落とした。
 原因は主食が麦7割白米3割の麦ご飯。食物繊維が多くお腹が張ってガスが溜まる。以前同室の人も麦ご飯でガスが溜まると言っていた。それに歯が欠けて日増しに拡大してご飯に混じりジャリジャリする。入院が多くて歯医者に行き難い。


「ヘルプマーク」と「ヘルプカード」 (平成29年3月7日)

ヘルプマークとヘルプカード H29. 3. 1
−ヘルプマークとヘルプカード H29. 3. 1−
 
 先日、足立区役所の障害福祉課で「ヘルプマーク」と「ヘルプカード」を受け取った。「ヘルプマーク」は水戸黄門の印籠みたいなもの。これを見せるとこの意味を知っている人なら電車の座席を譲ってもらえるかも。「ヘルプカード」には緊急時の対策を記入して持ち歩く。意識不明のときはこれに従って対処してもらう。

 俺は何を隠そう、病気の塊で病気の総合商社。障害者手帳は持っていないけど、障害者以上に障害者してます。まず首が潰れているのでシャワー時以外は「首カラー」装着。これは首の前傾防止のつっかい棒。これを外して入浴してウトウトすると首が45度に前傾し顔が水没。そして気持ち悪くなるので首は左右にやたらと動かせない。
 日中は前屈・後屈禁止で常に直立不動。床に物を落とした場合、片手で顎を支え片手で拾う。寝起き時は片手で後頭部を支え片手で起きる。筋肉が萎縮しているのでしゃがんだら自力で立ち上がれず拳で床を押して立ち上がる
 身長が173cmあったのが165cmに縮んで、その分背骨が横と後ろに湾曲して歩行困難を加速。杖を突いてヨロヨロと歩くが体が揺れて真っ直ぐ歩けない。他にも他にも。


久し振りに血糖測定、血糖値が悪い (平成29年3月23日)

 3月21日から入院中で、今日は半年振りぐらいの久し振りに血糖測定した。各食前と夕食後の4回。通称「4検」測定。数値は順に110、163、130、289と悪い。担当医からはインシュリンを打つか打診されたけど断った。
 原因は病院食を2日目から「麦7割・白米3割」の麦ご飯から白米10割に変えた事です。従来の麦ご飯は食物繊維が多く血糖上昇が緩やかなんだけど、ガスが溜まってお腹が張って軟便になり便回数が増えるので白米にした。だが白米だと想定以上に血糖上昇が早いみたい。
 それに、パソコン設置位置が胸の高さなので首が少し前傾し首が痛くなる。ずーっと立っていられず少し横になってしまった。パソコンは顔の高さにして、首前傾を少なくし1日中16時間立っていないと良好な血糖値を維持出来ない


不調ながらも平穏な1日だが、便失禁 (平成29年4月8日)

 今朝は起床したらお尻がかなり濡れていた寝ている間に肛門から軟便が漏れるみたい。日中、膝屈伸運動で膝を深く曲げると肛門が緩み時間の経過と共に染み出てくるが。寝ている間は屈伸運動してなくても肛門が緩むのか。そういえば、入院中も知らぬ間にパンツにうんこが帯状にべっとり付着していたり、パジャマズボンのお尻部分が茶色に染まっていた事も有った。
 大河ドラマでは、太閤豊臣秀吉は晩年、尿失禁と便失禁で糞尿を垂れ流して歩いている場面が度々描かれているが、それに近いものがある。晩年はみんなそうなのかな。


右耳がまた聞こえなくなった (平成29年4月10日)

 右耳がまた聞こえなくなった。3月頃は口を閉じると聞こえて口を開くとこもって聞こえなくなっていたが、今は口を閉じてもこもったままで殆ど聞こえない
 昨年は6月頃から右耳が3割ぐらいしか聞こえなくなった。耳が「耳つん」状態でこもっている状態だった。右方向で音がしても聞き取れなかった。イヤフォーンで音楽を聴く時は左右の音量比を3−7ぐらいにしていた。
 その後、鼓膜が破れそうな頭内部から右耳に抜ける爆発を何十回と繰り返し、耳の内外気圧が均衡し「耳つん」状態が解消し、11月頃から聞こえるようになっていた。この掲示板でも書き込みしているし、ホームページにも記述した。


右手爪が2本剥がれそう (平成29年5月2日、27日)

 右手爪が5本とも中間ぐらいの位置で窪んでいる。小指だけは先端近くまで伸びた。そして親指と人差し指は膨らんで割れて剥がれそう

 右手爪は1年に1回ぐらい剥がれる。現在は親指と人差し指が剥がれそう。更に進んで先端が丸まってきて、爪が浮いてきて、力が入らない。内服薬の錠剤を殻から取り出すのに苦労する。

右手爪 H29.3.7
−右手爪 H29.3.7−
右手爪 H29.4.5
−右手爪 H29.4.5−
右手爪 H29.4.28
−右手爪 H29.4.28−
右手爪 H29.6.17
−右手爪 H29.6.17−

 そして、6月17日(土)夕方、親指先端が剥がれたので切り取った。

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左足親指がとても痛む (平成29年5月6日)

 左足親指のグロムス腫瘍が悪化してとても痛む。1年半ぐらい前から痛みが出て一時痛みが和らいだが、また痛みが出てきた。爪が真っ直ぐとならず、平らとならず割れてくる。
 昨年1月頃から左足親指爪を圧迫すると激痛になる。昨年2月16日(火)の外来で主治医に初めて見せ、「グロムス腫瘍」と判断された。経過観察となり、入院中の2月26日(金)にエコー検査で腫瘍を確認した。

グロムス腫瘍 H27.11.8
−グロムス腫瘍 H27.11.8−
グロムス腫瘍 H28.2.8
−グロムス腫瘍 H28.2.8−
グロムス腫瘍 H28.6.19
−グロムス腫瘍 H28.6.19−
グロムス腫瘍 H28.8.2
−グロムス腫瘍 H28.8.2−
グロムス腫瘍 H28.12.17
−グロムス腫瘍 H28.12.17−
グロムス腫瘍 H29.2.8
−グロムス腫瘍 H29.2.8−
グロムス腫瘍 H29.5.8
−グロムス腫瘍 H29.5.8−

身長短縮のグラフ (平成29年5月28日)

身長推移 H29.3.22
−身長推移 H29.3.22−
x線画像横 H26.12.11
−x線画像横 H26.12.11−
 
 背骨が横から見ても後ろから見ても湾曲している。横から見ると“S”形に、後ろから見ると“(”形になっている。それに伴って身長がどんどん縮む。発病前は173cm有ったのに今は165cm
 入院時の公式測定の身長データをグラフにしてみた。これで一目瞭然。この10年間で急速に縮んでいるのが分かる。首が潰れて背骨が曲がって“前屈・後屈”は禁止。体が揺れて真っ直ぐ歩けない。日常生活は制限が多く悲惨な状態。


頚椎損傷が一段と悪化(永久保存版) (平成29年6月26日)

首のレントゲン H29.6.24
−首のレントゲン H29.6.24−
 
 平成29年6月の入院中から新たな段階に入った。首を動かすとやや激痛寝転がる時や起き上がる時も首がやや激痛で片手で後頭部を支える必要が発生。
 じっとしていても鈍痛が続く。ちょっと下を向くと首が“ビリッ”と痛む。首は左右に回転できないし、前後にも動かせないし、ますます、直立不動の生活になる。
 これで生活制限が更に増え「廃人」が進んだ。これ以上悪化したら生きて行かれない。
 ・木曜日の夕方から首が痛く横に回転できなくなった
 ・金曜日は起床時から起き上がる時も寝る時も首がやや激痛。寝起きする時の「後傾」時は片手で後頭部を支える。
 ・「前屈・後屈」厳禁で1日中「直立不動」の生活。洗顔も「直立不動」でやる。
 ・じっとしていても首と左腕に鈍痛
 ・緊急に首のレントゲンを4枚撮ったが首が曲がっている。
 ・首の手術は状態が悪く断念。骨粗鬆症で骨が脆く、糖尿病があり、ステロイドを使っている。
 ・首の辛さから比べたら難病や他の20種類の病気の辛さなんか屁でも無い。


今日は目が回って気持ち悪い中の通院 (平成29年7月11日)

 目が回って気持ち悪く食欲も無いので30分ぐらい時間掛けてやっと朝食を食べた。予約時間に間に合わなかったが、診察が1時間遅れたので採血も診察も間に合った。13時に帰宅したがリクライニング椅子に横になったまま動けない。18時にやっと昼食を食べた。昼食時点の血糖値は測って無いが、病院を往復し、食事間隔も9時間あるので恐らく血糖値は30台の危険水準。30台は2回記録しているが低血糖症状は出ない。
 採血結果はグルコース(glu)は143、ヘモグロビンA1c(HbA1c)は5.5。


首が一段と悪化したので身体障害者申請する (平成29年7月14日)

 先月の入院中に首にやや激痛が出て前後・左右に動かせなくなったが、歩行困難も一段と悪化した。腰が揺れて歩き難い。従来は1日16時間以上立っていたが、これも困難になってきた。左腕も一段と悪化。俺の状況は他人の想像を超える
 今度8月1日の「整形外科」の診察で身体障害者の認定を受けたい。1級を目指す。体幹異常の評価基準は「座れない」が1級、「立ち上がれない」が2級、「歩行困難」が3級。全部該当するが、それ以上に辛いのが評価基準には無いが「首を動かせない」事
 座れない件は正座も、横座りも、胡坐も、両足投げ出しも、全部出来ない。正座は膝角度が40度くらいしか曲がらない。横座りは姿勢が崩れる。胡坐は背骨が極度に湾曲したまま。両足を前に投げ出すと腰部分で直角に折れ曲がらなく上体が斜めになってしまう。椅子に座れるが背骨が湾曲しているので浅く座らないと姿勢が前傾してしまう。
 その他、丁寧なお辞儀の最敬礼は「前傾・前屈」禁止なので出来ない。寝返りは日中も就寝中も「直立不動」なので出来ない。頚椎損傷は頚椎#5−6で左側なので左向きで寝ると痛みが出るし損傷が進むので厳禁。
 総合すると2級は固いところだが、その上の1級を目指す。
 身体障害者手帳1級・2級が交付になると手当て金は無いが次のメリットがある。
 ・所得税の減額(障害者控除) 所得が無く所得税を払っていないのでメリット少ない
 ・鉄道運賃の割引 100km以上の鉄道運賃が介護者1名も含めて半額になる 旅行出来ないのでメリット少ない
 ・入園料の割引 博物館、美術館、動物園は介護者1名も含めて民間施設は半額、公営施設は無料 上野公園内施設は大体無料
 ・NHK受信料の割引  所得が無いと無料
 ・身体障害者枠での雇用 働けないのでメリット無し
 ・携帯電話通信料の割引 大手通信会社3社は割引だが、非大手の格安SIM使用なのでメリット無し

今日の3科かけもち診察結果 (平成29年8月1日)

x線検査、前と横
−x線検査、正面と横−
 
 「整形外科」診察では、担当医が代わって最初の診察。6月から首が一段と悪化しているがレントゲンでは変化は見られないという。今では首を殆ど動かせず、可動角度は左右に10度、上下に20度ぐらい
 この画像は今日の診察前に撮った脊椎全体の正面と横の状態。横から見ても前から見ても曲がっている。この10年、身長が毎年1cm近く縮んでいる。平成18年3月6日には、身長172.0cmだったのが、今年(平成29年)7月18日は、身長164.2cmだった。


名実共に身体障害者になった (平成29年10月30日)

身体障害者手帳
−身体障害者手帳5等級−
 
 台風21号の余波が少し弱まった10月23日(月)昼過ぎ、足立区役所の障害福祉課に出向き身体障害者手帳5級を受け取った。東京都交通局の運営する交通機関が無料になる乗車券も受け取り、NHK受信料が減額となる書類も作ってくれて専用封筒に入れてくれて、当日中に自分で郵便ポストに投函した。
 身体障害者手帳の所有者が受けられるサービスを説明した厚さ1cmぐらいの「障害者のしおり」を受け取った。厚くて読むのに時間が掛かりそう。

 西暦2000年夏に自己免疫の難病を患って17年。2006年夏に運命のステロイドパルス治療を受けて首に痛みが出て脊椎の変形が始まった。この時から「糖尿病」「高脂血症」「白内障」等の合併症も始まった。それ以降、脊椎がどんどん曲がって、身長が縮んで、歩行困難が加速する。首も左右・上下に殆ど動かせなくなった。首を動かすと、首自体に“ビリッ”とした痛みが出たり、両腕に激痛・劇痺れが出たり、目が回って気持ち悪くなり、食欲も無く1日中寝ている事も1年に1−2回。難病で苦しんだ挙句、副作用でも苦しみ、身体障害者になり、ステロイド性廃人になった
 今では、「自宅軟禁」で「直立不動」の生活。滅多に外出せず、滅多に座らず、毎日16時間以上、積み上げたダンボールに寄りかかってパソコンを使いながら足踏み運動や屈伸運動。こうやっていると血糖値は合格。


今回の入院は歯茎が痛く辛い入院 (平成29年12月18日)

 今日は5日目の点滴を終えて、荷物を片付けて、病院を退去しました。入院初日と退院日も8時間の点滴があるのできつい。初日は開始が16時頃なので点滴終了は深夜24時頃になるし、退院日は早朝7時から開始する。
 左下の歯茎が腫れて痛みで病院でも眠れなかった。弱い痛み止め薬「カロナール」を処方してもらったが、4時間で切れるので激痛で目を覚ます。今夜、退院して直ぐ近くの歯科医院へ行ったが、膿が出ればよくなるとして処置無し。


今日は「呼吸器内科」診察 (平成29年12月21日)

 左肺に黴菌が繁殖しており、「アスペルギルス肺炎」を発症している。今は毎月採血し、3ヶ月毎に診察を受けている。最近、繁殖の数値が上がっている。アスペルギルス抗原抗体反応は陽性で数値が2.4。最近はこれだけでなく各種血液検査の数値が悪化している。例えば、赤血球rbcとヘモグロビンhbが急激に下がっている。
 最近、アスペルギルス抗原抗体反応の数値が上がっているが、これは大体の目安で、この数値とアスペルギルス肺炎の状態は比例しない。画像で判断する。今日のx線画像は前回とあまり変化していない。CT検査をすればいいのだが、骨のダメージが大きく撮りたくない。CT検査の被曝量は10ミリシーボルトで通常x線の1000枚分。でも、この数値が3になったら直ぐCT検査。
−放射線被爆量
−放射線被爆量−
 
 今日で今年の通院は終わり、病院納め。

 左下歯茎は往路は物凄く痛かった。痛みレベル8ぐらい。かなりの激痛。我慢していたら帰路は痛みが改善し痛みレベル4ぐらいに下がった。


左下歯茎の痛みは続く (平成29年12月25日)

 先ほど、歯医者へ行ってきた。歯茎の腫れは一時的にしぼんでもまた腫れる状態が今月からずーっと続いている。もう3週間以上。先週の歯科診察では膿が出れば治るという事だったが、今日はこの歯を抜かないと駄目だとの診断。でも俺は骨粗鬆症の「フォスフォネート系」の薬を服用しているので抜歯出来ないので断った。
 このままの痛みで年を越し、次の1月16日からの入院時に、皮膚科→口腔外科で相談してみる。が、正月になって嘘のように腫れと痛みは引いた。


難病の数値は物凄く悪い (平成30年3月1日)

抗体価dsg1 H30.3.1
−抗体価dsg1 H30.3.1−
 
 今、難病「天疱瘡」の強さを示す数値dsg1は物凄く高い。毎月の点滴で一瞬下がるが、直ぐ上昇に転じ、昨年夏以降は毎月100−300上昇している。いわば「一歩前進、三歩後退」。2月23日入院時採血は1,310と驚く数値。この分だと、次回3月27日入院時点では1,600前後と推定される。

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昨日は目が回って気持ち悪かった (平成30年 5月4日)

 5月3日(木)は夕方から目が回って気持ち悪かった。動き回ると気持ち悪い。首を動かすと気持ち悪い。おまけに左耳の中が痛い。じっとしていても痛むが唾を飲み込むと余計痛い。
 翌日には治まった。今回は「中症」だった。1日中目が回る「重症」は年に1−2回。「軽症」のはしょっちゅう有る。
 俺の場合、原因は首から来ている。首が潰れて、損傷している。首は左右に20度ぐらい、上下に30度ぐらいしか動かせない。これ以上動かすと痛みが出たり、気持ち悪くなる。起きている場合は、1日中直立不動の姿勢。病院でも自宅でも毎日17時間以上立ってパソコンを使用している。前傾・前屈・後傾・後屈は厳禁。軽症の場合は1時間ぐらいで治まるが、重症の場合は1日中目が回って気持ち悪くて食欲も無く寝ている。苦しくて涙がこぼれる。


「骨密度」検査後、脊椎がおかしい (平成30年 5月15日)

 骨密度は2年毎に測定している。骨粗鬆症の薬「アクトネル」で骨密度はすこしずつ改善している。10年前は腰の「圧迫骨折」が頻発して危険レベルの70%だった。今回はどの程度改善しているか。
 帰路はブレザーがとても重く感じる。両肩が重く感じる。肩が垂れ下がる感覚。肩を上下させながら必死に歩いた。歩き難い。放射線被曝量が多いのだろうか。x線撮影50枚分ぐらいだろうか。CTだとx線撮影1000枚分の被曝量で、骨へのダメージが大きく、歩けなくなるので出来るだけ拒否している。


12年前のステロイドパルスで体は壊れた(永久保存版) (平成30年 5月16日)

 西暦2006年6月末の入院。この時はステロイドパルス1000mg5日間、ステロイド40mg投与25日間、免疫抑制剤ネオーラル200mgの3点セットで副作用が続出した。まず首の痛みが出て、首が潰れた。そして、糖尿病と高脂血症が始まった。白内障が始まった。骨粗鬆症が始まった。ミオパチー(筋萎縮症)が始まった。挙句の果てに、免疫力が極度に低下し、カリニ肺炎(今は「ニューモシスチス肺炎」に名称変更)となった。入院期間は3ヶ月に及んだ。
 あれから生き地獄に真っ逆さま。生きる屍になった。今回の入院でベテラン看護士が言うにはステロイドパルス1000mg5日間は今はやっていない。500mg5日間だけだと。俺が副作用続出で廃人になったので反省したのかも。


今の日常生活で辛いのは(永久保存版) (平成30年 5月17日)

 まず、首が潰れて動かせない事。左右は20度、上下は30度ぐらい。それもゆっくり動かす。急に動かすと痛みが出るし、気持ち悪くなる。首を動かすと何かが擦れる音がする。常に「首カラー」装着で直立不動の姿勢。「前傾・前屈」、「後傾・後屈」は厳禁。
 次に、ミオパチー(筋萎縮症)でしゃがんだ姿勢から立ち上がれない。浴室用の低い椅子から立ち上がれない。スクワットは重心の上下移動なので、首を支えながら反動をつけて出来る。
 そして、背骨が曲がって身長が縮んで、体が揺れて真っ直ぐ歩けない。杖を頼りにヨロヨロ歩くが狭い道だとぶつかる。通院時電柱にぶつかった事がある。

 他にも不調の塊。病気が多く、病気の「総合商社」。副作用・合併症群の方が難病よりも桁違いに辛い。難病だけだったらどんなに楽だか。これ以上病気や不調が増えたら死を考える。今の状態でも普通の人ならとても生きていけないと思う。難病を発病して18年。俺は病気になるために生まれたようなもの。


ステロイド服用累積が80,000mgを越えた (平成30年 9月26日)

 平成12年(西暦2000年)に、この難病を発病し、ステロイド服用開始して、遂に、7月18日(水)でステロイド服用累積が80,000mgを突破した。5mg錠剤では16,000錠。体重50kg前後の劇痩せとしては許容限度を越える量。ステロイドは副作用の塊なので、体重1kgで1mgが1日の服用限度。体重50kgで50mg、体重70kgで70mg。なので、標準体重70kgの人が110,000mg服用ぐらいのダメージになる。そんなに服用している人は日本に居ないだろう。
 俺はステロイド副作用で異常の塊、頭のてっぺんから足のつま先まで、体の皮膚から、血液、血管、神経、内臓、骨まで、異常の塊。首がちょっとしか動かせなく、前傾・前屈・後傾・後屈、は禁止で常に直立不動の姿勢。その上、背骨が曲がって歩行困難。血液検査は半分が異常項目。


靴の減り方おかしい (平成30年 9月29日)

 12年前に「ステロイドパルス」治療を受けた後、この10年ぐらい前から通院に履いている運動靴の右足底の減り方がおかしくなってきた。年々酷くなっている。左足は踵部が平坦に磨り減るのに、右足は踵部後部が磨り減る。そして右足内側が磨り減る。左足は何とも無いのに、右足踵に穴が開く。右足靴は同じのが2個欲しいぐらい。
 10年ぐらい前から、脊椎が弓状&S字に湾曲し、身長が年間1cm縮んでいる。背骨は後ろから見ると“(”形に変形し、その延長で首は右に傾いている。

靴底 靴底 H19.12. 2
−靴底 H19.12. 2−
靴底 H25. 2.22
−靴底 H25. 2.22−
靴底 H25. 3.22
−靴底 H25. 3.22−
靴底 H30. 7. 5
−靴底 H30. 7. 5−

いろいろと不調 (平成31年 2月28日)

 左手指が物凄く痙攣する。玄関近くの廊下に設置しているパソコンを使用していて、洗面室との境界にある、出っ張った桟に力を入れて暫く捕まっていると激しく痙攣。一旦痙攣が始まると、ちょっと指を動かすだけで痙攣。

 それに、シャワー中に小便が出る。シャワー前に排尿を済ませているが、尿が膀胱に入ると、そのまま出てしまう。シャワー中に小出しで2−3回排尿。これは数ヶ月前から。

 そして、便失禁も。膝屈伸運動やスクワットをすると軟便の場合、肛門の筋肉が緩み便が染み出して、お尻が塗れパンツにくっつく。


また歯金属冠が取れた (平成31年 3月 2日)

 これで歯は4本駄目になった。どうやって噛めばいいんだ。まず昨年夏に左下歯が根元から折れた。次に昨年秋に左上の金属冠が取れた。これは歯医者が削った後治療中止。今年になって1月末に右下金属冠が取れた。そして今日夕食時に右下金属冠が取れた。

 今までの歯医者には治療を拒否されたと思う。患者から見たら、得たいの知れぬ“悪い病気”の持ち主で気味が悪いと思う。治療してくれる歯医者を見つけねば。


左脚ふくらはぎの腫れ (平成31年 3月 3日)

左脚ふくらはぎの腫れ
−左脚ふくらはぎの腫れ−
 
 2月18日に弾性包帯交換時に気付いた左脚ふくらはぎの腫れですが、相変わらずプックリ腫れています。じっとしていると痛みは感じないけど、押すと痛いです。痛みレベルはずーっと変わらない。


絶望よサヨナラ、やや絶望よコンニチワ (平成31年 3月 6日)

 西暦2000年に自己免疫疾患の難病を罹患し、治療の過程で合併症が続出。皮膚・筋肉・神経・骨格・血管・臓器・血液と異常続出で、病気の総合商社になりました。ステロイド服用累計は体重が50kgしか無いのに82,000mg。
 8年前頃から、首が潰れ、脊椎が曲がって、身長が急激に縮んで、更に新たな合併症が出て、生活質(QOL)が急激悪化で「ステロイド性廃人=生きる屍」になって「生きているのが辛く」、「絶望的」な状態が続いていました。
 あの頃と比べると首と脊椎は緩やかだけれど、更に時間と共に悪化して、首が殆ど動かせなくなり、体が揺れて歩行困難が進み、筋肉萎縮も継続し、両肩も重く感じます。
 でも、内臓は一部改善。死亡率の高い「アスペルギルス肺炎」は夏から陰性になり、一時家庭用血圧計で測定不能になったり200を超えていた血圧も120ぐらいに下がり、突然死を招きやすい「ブルガダ症候群」の恐怖心も和らぎ、腎臓萎縮も横ばい、血糖値も運動量を1日8時間から2時間に減らしても落ち着いています。
 東京オリンピックが決まった頃、2020年まで生きる確率は50%ぐらいだったけど、愈々来年です。当時の「絶望」状態から「やや絶望」状態に一段階改善しました。
 一人では背負いきれない、たくさんの病気を抱え、絶望の縁を彷徨う事8年。「前屈・後屈は厳禁」、「生きる屍」で「自宅軟禁」は生涯続くけれど、「歌を忘れたカナリヤ」は蘇りました。1月に地元のコーラスに誘われて参加し、マイボイスも復活しました。Myホームページ内に「コーラス」と「マイボイス」を作りました。Myホームページは日々更新中。


右手薬指根元陥没 (平成31年 4月13日、5月12日)

 毎年11月上旬から4月下旬まで「しもやけ」になるので定期的に写真を撮っているのですが、右手薬指が根元陥没してきました。3月1日には異常無しだったのが、3月11日には根元が赤くなり、4月3日には周囲が白くなり、4月12日には根元がかなり陥没してきました。押すとかなり痛み有り。

右手指 H31. 3. 1
−右手指 H31. 3. 1−
右手指 H31. 3.11
−右手指 H31. 3.11−
右手指 H31. 4. 3
−右手指 H31. 4. 3−
右手指 H31. 4. 9
−右手指 H31. 4. 9−
右手指 H31. 4.12
−右手指 H31. 4.12−
右手指エコー H31.4.19
−右手指エコー H31.4.19−
右手指 H31. 4.20
−右手指 H31. 4.20−
右手指 R 1. 5. 9
−右手指 R 1. 5. 9−
 
 今回入院したので、入院初日の4月19日に皮膚外科の先生にエコーで診ていただいたら“何か有る”って。確定は出来ないがグロムス腫瘍かも知れないと。日増しに痛みは増している。


今回の入院は採血結果が悪かった (平成31年 4月26日)

 アルブミンと血球関係(白血球、赤血球、血小板、ヘモグロビン)が4月19日に入院してから急激に下がったまま。そして、死亡率の高いアスペルギルス抗原抗体反応が陽性に転換してしまった。先日の「呼吸器内科」診察で陰性が続いているので診察間隔を半年に伸ばした直後だったのに。かなりショック。
血液検査 H31. 4.24
−血液検査 H31. 4.24−
 
 <抜粋すると>
          3/20 4/19 4/22 4/24 
  アルブミンalb 3.6  3.5  2.6  2.6
  白血球wbc   6.2  6.6  3.7  3.9
  赤血球rbc   430  414  344  334
  血小板plt  16.2 17.3 12.9 11.8
  ヘモグロビンhb 14.1 13.8 11.6 11.2

今朝は左脚脹脛が2度攣った (平成31年 4月28日)

 今朝は左脚脹脛が2度攣った。昨日は同様に右脚脹脛が2度攣った。別名「こむらがえり」。2日続きで痛いのなんの。1日に2回と、2日連日は共に人生初。
 起床時に手足を伸ばすと、決まって脹脛が攣る。足は伸ばさないように、力を入れないようしているが。


大小不調だらけ (令和 1年 5月 8日)

 難病の症状以外に不調が多い。両足の爪が伸びない。爪は1年以上切ってない。手の指は力を入れるとしょっちゅう痙攣するし、両手は常に小刻みに震えているし、左目瞼下もしょっちゅう痙攣するし、右耳は耳鳴りと難聴、左目は後発白内障でぼやけて見えない。起床時に手足を伸ばすと、決まって脹脛が攣る。右手薬指は3月中旬から根元が陥没し、「グロムス腫瘍」で痛む。左右の歯はボロボロで欠けているので、噛み合わせが悪いし、硬い物は噛めない。歯は最も重要だが、実質「治療拒否」で行ける歯医者が無い。
 他には、首が潰れていて、「前屈・後屈」は厳禁の「直立不動」だし、歩行時は腰が揺れて歩行困難が加速。各種採血結果は半分が異常項目。アスペルギルス抗原反応は先月、陽性に転換した。等、不調が当たり前の体。現在は「やや絶望」状態。


グロムス腫瘍の右手薬指の爪が剥がれそう (令和 1年 6月16日)

 今年3月から右手薬指の爪に異変が生じ、陥没して拡大してきた。爪先端が浮いてグラグラしている。もう1週間もすれば剥がれるだろう。爪が剥がれた後はどうなるか。グロムス腫瘍の場合、爪は生えて来ないという。自然に剥がれるようにテープで保護。
右手指 H31. 3. 1
−右手指 H31. 3. 1−
右手指 H31. 4. 3
−右手指 H31. 4. 3−
右手指 H31. 4.20
−右手指 H31. 4.20−
右手指 H31. 5. 9
−右手指 H31. 5. 9−
右手指 H31. 6. 2
−右手指 H31. 6. 2−
右手指 H31. 6.16
−右手指 H31. 6.16−

 グロムス腫瘍は左足親指爪にもある。


右耳が殆ど聞こえなくなったが、改善 (令和 1年 6月17日、6月19日)

 右耳の近くで指を擦る音がかすかに聞こえる程度。右耳で電話の受話器の音は聞こえない。左耳の1割ぐらいしか聞こえない。1週間ぐらい前まで3割ぐらいだったが。そして、常に“蝉時雨”のような耳鳴り。耳が籠もっている。右頬を擦ると右耳鼓膜に響く。時々、ゲップと共に頭内部からガスが発生し、右耳に抜けて“ボーン”と音がし、鼓膜が揺れる。今朝は耳が濡れていた。

 徒歩300mぐらいの位置に新しい「耳鼻科医院」があったので、行って両耳を掃除して貰った。ごっそり耳垢が取れた。耳垢を除去している時に向いている方向にモニター画面があり、耳中が表示され、赤い部分と黒い部分が見える。黒いのは耳垢みたい。手術時の電子メスみたいで、除去する時音がする。生まれて初めて自分の耳の中を見れた。
 左は元々聞こえていたけどついでに耳垢を除去。結果は、右耳は左の8−9割に聴力回復し、耳鳴りも消えました。右耳に関する異常症状は解決。でも翌日から弱い耳鳴りが再燃。

顔左 H25.11.26
−顔左 H25.11.26−
顔右 H25.12. 5
−顔右 H25.12. 5−
 右耳の耳垢は天疱瘡の皮膚症状かも知れない。5−6年前、抗体価が2500になった時、両耳の中にぎっしりカサブタが出来、その時から右耳の耳鳴りと聴力低下が始まっている。右耳は時々濡れた。綿を詰めると、茶色に染まった。右耳はずーっと2割ぐらいしか聞こえない状態が続き、2年前の入院中に急に左耳も聞こえなくなって急遽、耳鼻科で診てもらって、耳掃除してもらったが、右耳は出血して耳垢除去出来なかった。炎症を起こしているという。普通の耳垢なら出血しないと思う。天疱瘡のカサブタがこびりついていたのではないのか。


さっき、左脚が一時的麻痺 (令和 1年 7月31日)

 さっき、リクライニング椅子から立ち上がったら左脚が麻痺して動かなかった。暫くして回復したけど。普通の人は歩けない場合、“這って”移動できるが、俺の場合首が潰れているので“よつんばい”や“腹ばい”姿勢は厳禁。首は「直立不動」が原則。両膝を立ててお尻を引きずったまま移動。


昨日は1日中、目がグルグル回って起きていられなかった (令和 1年 8月 5日)

 昨日は、起床時から目がグルグル回って起きていられなかった。夜になって、横になったまま一口ずつ食べて、5時間掛けて食事ようやくお茶碗8割ぐらい食べた。食べ終わったのは2時半。この時間だと朝の薬は飲めない。
 結局、終日不調で、普段の1/3以下の摂取カロリー500kカロリー程度だったので、今朝の体重は53.8kgと2kg減少した。俺の場合、1000kカロリーの増減が体重1kgの増減となるのが大体の目安。
 原因は10数年前のステロイドパルス治療により首が潰れていて、前傾姿勢が多くなって首が痛んでくると、1年に1回程度起こる。こういうのが続いたら苦しくて生きていかれない。


ステロイド服用累計85000mg (令和 1年12月17日)

 先週、ステロイド服用累計が85,000mg突破しました。
  ステロイド服用累計 2019.11.20
−ステロイド服用累計 2019.11.20−
 

 西暦2000年夏に自己免疫疾患の天疱瘡を発病して、ステロイド(プレドニン)を服用開始し、それ以来50mg〜5mgの範囲で服用続け、昨日遂に服用累計が85,000mgを突破しました。通常の5mg錠剤では17,000錠です。これだけ服用している人は日本には殆どいないでしょう。
 ステロイド服用制限量は体重に比例する(体重1kgでステロイド1mgが上限)ので、俺の体重が50kg台は標準体重75kgに換算したら、120,000mgぐらいに匹敵する量です。副作用が酷く、合併症は「大腿骨頭壊死」以外は殆ど出ています。ステロイドは副作用の塊。骨・神経・血液・血管・内臓・皮膚に異常。これだけ副作用が出ている人は居ないでしょう。

@筋萎縮症(ミオパチー):低い椅子から自力で立上がれない、A糖尿病:一時1日8時間運動、B高脂血症、C動脈硬化症、D高血圧症:一時血圧が230、E狭心症、Fブルガダ症候群:突然死の心電図、G不整脈(心室性期外収縮)、H骨粗鬆症:4年連続腰を圧迫骨折、I頚椎損傷:首が潰れ45度前傾・神経損傷、首を少ししか動かせない、J脊椎後弯・側弯:脊椎が弓状&S字湾曲・身長が10年で9.6cm縮む・歩行困難、K頚椎症性神経根症:頚椎損傷の影響で左腕に激痛・劇痺れ・麻痺&他不快な症状、L白内障&後発白内障、M慢性腎臓病:機能低下で蛋白質摂取60g制限中、N両腎萎縮:両方の腎臓が約2cm萎縮、O皮膚癌(基底細胞癌):2013年7月除去手術、Pアスペルギルス症:肺に黴菌が棲息、死亡率が50%以上、Q細菌感染症:免疫力低下で「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」等細菌感染が相次ぐ、R左足親指爪と右手薬指のグロムス腫瘍。S眩暈:時々、1日中目がグルグル回って起きられず。

 と、合併症のオンパレード。病気の総合商社。2年前、身体障害者手帳5級取得。ステロイド性廃人=生きる屍。自宅軟禁の終身刑。

世間の標語は俺には合わない
・人生晴れたり曇ったり→人生曇ったり土砂降ったり
・人生山あり谷あり→人生山なく谷ばかり
・人生楽ありゃ苦もあるさ(「水戸黄門」主題歌の歌詞)→人生楽なく苦ばかり
・一難去ってまた一難→一難去らずにまた一難

 入院回数は50回、累計入院日数は720日ぐらいで20年間働けず。こんな状況なので、質素な4万8千円の耐乏生活(年金は3万8千円)も加わり、ずーっと絶望でしたが、今は音楽活動で充実しています。主旋律しか載っていない楽譜を二部合唱や三部合唱にして、伴奏も自作して、初音ミクに2パート、3パート歌ってもらってます。今年1年は音楽に専念なので、今後は作曲と喉歌(ホーミー)の収録。


指の痙攣が酷い (令和 2年2月9日)

 手の各指に力を入れると痙攣する。昨日は左手中指を穿孔して血糖値を計ろうとして、左手親指と右手親指で、穿孔した周囲を押したら、左手親指の付け根が激しく痙攣。少し休んでも痙攣。右手だけで押して血を出した。


今朝は右足裏が2回攣った (令和 2年4月13日)

 昨日は右足裏が一度攣り、今日は同じ場所が二度攣った。これで10日間で9回発生。おかしい。いとおかし。今度の入院で検査してもらえないかな。と思っても、4月28日(火)からの入院は休日が多く無理か。


今朝は両足裏が3回攣った (令和 2年5月17日)

 1ヶ月ぐらい前(4月13日)に2回攣ったというのがあったが、今朝はそれを更新する3回。右、左、右の順。起床前足を動かしただけで攣る。この分だと4回、5回もありえる。


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